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◆おわりに――多国間協議の東京開催を
 北朝鮮の核兵器開発を阻止するための交渉は、一九九三―九四年の交渉と比べて、いっそう困難である。米朝双方がより深い不信感を抱きつつ、より高い目標を掲げているからである。ケリー国務次官補の平壌訪問から約六ヵ月が経過し、中国を仲介者とする三国協議(四月二三―二五日)が北京で開催されるが、イラク戦争は米朝間の距離をさらに隔ててしまったようである。いわゆる「バクダッド効果」が、それぞれの強硬派を鼓舞するという方向で作用したからである。もちろん、経済制裁や武力行使は多分に外交努力の遂行を容易にするための恫喝であり、それ以外に選択肢がなくなった場合の「最後の手段」にほかならない。しかし、米国の「政治的な意思」を確認できなければ、やがて「不安定な均衡」が崩壊し、北朝鮮は休戦協定を破棄したり、テポドンを試射したり、再処理施設を稼働したりするかもしれない。
 他方、イラク戦争が「単独行動の勝利」に終わる以上、今後、いわゆる「新保守主義者」の発言力がさらに強化されることになるだろう。意気高揚するラムズフェルド国防長官、チェイニー副大統領、ライス大統領補佐官らは「イラク方式」を北朝鮮にも適用しようとするかもしれない。しかし、それでも、北朝鮮の場合、ブッシュ政権の周辺にイラク戦争でみられたように広汎な右派連合(新保守主義者、宗教右派、共和党右派)が形成され、共和党穏健派がそれに同調するかは疑わしい。北朝鮮問題にはパレスチナ(イスラエル)問題も、石油戦略も存在しないし、ルーガー上院対外関係委員長を含む共和党穏健派の有力者は日韓両国との関係を重視し、むしろ米朝交渉再開を主張している。したがって、五月の米韓、日米首脳会談を挟んで、本年春から夏に到来するのは、むしろ「外交の季節」だろう。
 もちろん、「外交の季節」が終わる以前に目に見える進展が得られなければ、秋以後、朝鮮半島でもイラク型の軍事紛争が切迫するかもしれない。日本外交にとって、これは耐えがたい「悪夢」の現実化である。しかし、米国政府が北朝鮮の体制保全を誓約し、核開発計画の全面的廃棄をめぐる米朝交渉が進展するというまったく別のシナリオも存在する。その場合、前述の対米補完的連携外交の一環として、多国間協議(六者会談)の東京開催が構想されてよい。それこそが、日本が発揮できる最大のイニシアチブだからである。それによって危機を克服した後の北東アジアには、より安定的な国際システムが誕生することになるだろう。
(四月二二日脱稿)
著者プロフィール
小此木 政夫 (おこのぎ まさお)
1945年生まれ。
慶應義塾大学大学院博士課程修了。
韓国・延世大学校留学、米国・ハワイ大学、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現在、慶應義塾大学教授。
 
 
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