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◆四 盧武鉉政権の試行錯誤――「平和繁栄」政策
 二月二五日に発足した韓国の盧武鉉政権の北朝鮮政策は、基本的には金大中政権の「太陽」政策(包容政策)を踏襲し、それを補完的に発展させようとするものである。それは「平和繁栄政策」と命名された。もちろん、イラク情勢が緊迫化し、北朝鮮の核兵器開発問題が深刻化するなかで、新しい大統領が第一に重視しているのは、朝鮮半島の「平和を守り、さらに固く根をおろさせる」ことである。大統領就任演説でも、盧武鉉は「北朝鮮の核開発は容認できない」と指摘したが、それと同時に「北朝鮮の核問題は対話を通じて、平和的に解決されなければならない」、「どのような形であれ、軍事的緊張が高まってはならない」と強調した。(※1)
 また、盧武鉉大統領が、日米韓の連携や国際社会の協力とともに、韓国の積極的な役割や南北当事者原則を主張したことも注目に値する。大統領就任式後の初めての首脳会談で、盧武鉉大統領は小泉首相に「韓国の重要な問題を決めるのに、韓国人たちの意思と関係なしに進められることには同意できない。韓国が能動的かつ主導的に役割を果たすべきだ」との考えを強調した。一月二四日のCNNとのインタビューでも、「金正日総書記と何の条件もなく会うことができる。例え拒否されて国民に恥をかかせることになっても、果敢に提案する」と言明していた。(※2)これが韓国に台頭した「新しいナショナリズム」である。
 しかし、長期的にはともかく、短期的にみれば、このような方針は日米韓連携や国際社会との協力に一定の枠をはめ、新政権の対北政策の選択肢を狭めることになるだろう。例えば大統領就任演説にある「北朝鮮核問題が平和的に解決されるように、われわれは米国、日本との協力を強化するつもりである。中国、ロシア、欧州連合(EU)等とも緊密に協力していく」との一節は、具体的に何を意味するのだろうか。もし北朝鮮の挑発が拡大し、国連安保理事会で経済制裁決議が討議される場合、韓国はこれを「平和的解決」の一部とみなすのだろうか、それとも「軍事的緊張」の高揚とみなすのだろうか。
 韓国が経済制裁を警戒し、平和的な問題解決を主張するのは、経済制裁がやがて武力行使、すなわち米軍による寧辺の核施設に対する外科手術的な先制打撃に拡大することを恐れるからである。先制打撃は、言うまでもなく、韓国人の最も恐れる第二次朝鮮戦争を誘発するかもしれない。それがもたらす人的および物的被害は甚大であり、北朝鮮の占領や復興など、その後に直面する難題は想像を絶する。二月の大韓商工会議所主催の懇談会で、盧武鉉は「北朝鮮に対する武力攻撃は、朝鮮半島に戦争を誘発する可能性があるため、事前にその可能性を検討することにも反対する」と明言した。(※3)
 盧武鉉はまた、二〇、三〇歳代の若者と同じく、米韓同盟が必ずしも対等ではないと考えている。韓国KBSのテレビ討論会では、戦時作戦統制権、相互防衛条約、在韓米軍地位協定に関する質問に答えて、「私が大統領でいる五年の間に、この問題は相当に進展があったと言えるほど、(米韓同盟を)変化させる考えである」と答えて注目された。事実、二月初め、この米韓同盟「再調整」(rebalance)論は盧武鉉次期大統領が派遣した訪米特使団によって米国側に提起された。また、それに促されるかのように、二月一三日の米上院軍事委員会の公聴会で、ラムズフェルド国防長官は「軍事境界線付近やソウル地域に展開する兵力を、海と空の戦力の拠点に動かしたいと考えている、その過程では、一定数の兵士が(米国に)帰ることができるようになるだろう」と証言した。(※4)
 しかし、それにもかかわらず、三月中旬になって、盧武鉉大統領はようやく米韓同盟を優先させる外交方針を固めたようである。三月一三日のブッシュ大統領との電話会談で、大量破壊兵器の拡散防止のための米国の努力を積極的に支援する方針を伝えたし、三月二〇日のテレビ演説までに、米韓同盟の重要性を指摘しながら、米国のイラク作戦支援のために七〇〇名を上限にする工兵・医療部隊を派遣することを決定した。尹永寛外交通商部長官も五月中の盧武鉉大統領の訪米を最優先の外交課題として設定し、米朝会談を含む多国間協議の枠組みを受け入れる方針を明示した。韓国政府としては、長期的には「平和繁栄」政策を堅持しつつも、短期的には米韓同盟を優先し、核開発問題の平和的な解決を促す方針を決定したのである。(※5)

(※1) 「第一六代大統領就任辞――平和と繁栄と跳躍の時代へ」、5ページ。
(※2) 『中央日報』二〇〇三年二月二五日。日韓首脳会議[http://www.bluehouse.go.kr].『中央日報』二〇〇三年一月二五日。一月三〇日のNHKとのインタビューでも、同じような発言がみられた(共同通信オンライン情報配信『コリア・ファイル』二〇〇三年一月三一日)。
(※3) 『朝鮮日報』二〇〇三年二月一九日。
(※4) 『朝鮮日報』二〇〇三年一月一八日。上院軍事委員会公聴会でのラムズフェルド国防長官の証言、共同通信『コリア・ファイル』二〇〇三年二月一四日。
(※5) 盧大統領とブッシュ大統領との通話(二〇〇三年三月一四日)、定例ブリーフィング(二〇〇三年三月二一日)[http://www.bluehouse.go.kr].
 
 
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