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◆険悪化する日本の対北朝鮮世論
 しかし、そういった思惑どおりには進みませんでした。結局、クリントン訪朝は実現しませんでしたし、アメリカの大統領選挙ではブッシュ候補が当選してしまいました。しかも、日本との関係で言えば、今年に入って幾つもの事件が起きております。例えば、金融問題と関連する朝鮮総連への捜査ですとか、不審船の事件というものが起きました。そして、それに対抗するかのように北朝鮮側は拉致事件関連の「行方不明者」の安否調査を打ち切り、その後、有本恵子さんの事件がクローズアップされているわけです。
 日本の世論は今、非常に険悪化しています。北朝鮮に対して、かつてないほど険悪化しております。なかなかそれを数字で示すことは難しいのですが、『毎日新聞』の世論調査があります。たしか四月二日の『毎日新聞』に載っていたと記憶しておりますが、選択肢が三つ提示されていて、「国交正常化交渉や人道支援と並行して拉致問題の解決を図る」という穏健な政策に対する支持は――これが従来一番大きな支持を得ていましたが――今回は三三%だったと記憶しております。
 二番目の選択肢は、「拉致問題が解決されるまで正常化交渉や人道支援を行わない」、これが四〇%を超えていたように思います。三番目の選択肢は、「アメリカの軍事行動と協力して問題を解決する」という、非常に極端なものですが、これが実に一九%もの支持を集めています。ですから、世論が相当に今の状況にいら立っているということが言えるのではないかと思います。大手新聞の社説も「毅然とした態度で臨め」というのが共通した論調でした。
 ただし、この「毅然とした態度で臨め」ということが、具体的に何を意味するのかということになると、その内容について具体的に議論をしているものをほとんど見たことはありません。わずかに目にしたのは、北朝鮮との往来を遮断するとか、日本からの送金をとめるとか、あるいは日本から北朝鮮を訪問した人たちの再入国ができないようにするとか、決め手を欠いた制裁措置にすぎません。確かに北朝鮮からの日本への流れをとめるということは、それは対抗措置としては可能だろうと思います。ただ、日本に住んでいる在日朝鮮人の方に故郷を訪問してはいけないとか、親族に送金してはいけないと言えるでしょうか。われわれが北朝鮮のような国家に対する際に気をつけなければならないのは、敵対感情にとらわれて、日本までが非人道国家になってしまうことです。
 また、北朝鮮当局も非常に巧妙ですから、今回のように赤十字会談なんて言われたらどうするのか、これを受けることは「毅然とした態度」に合致するのかどうなのか、という問題が出てくるわけであります。「拉致問題の優先的解決を要求する」ということは、すなわち拉致問題が解決するまで北朝鮮とは交渉しないということを意味しているのか。そうだとすれば、これは新しい政策の提示だということになります。
 
 
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