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◆四、北朝鮮の戦略的ジレンマ
 国防建設と経済建設を並進させるだけでなく、経済建設に軍隊を動員することは、北朝鮮にとって残された最後の手段である。安保問題に鋭敏な北朝鮮指導部が、そのことに気が付かないはずはない。しかし、北朝鮮にとって最大のジレンマは、たとえ金正日がそのような「軍事優先革命領導」を堅持しても、国防建設と経済建設の成功を同時に達成することは不可能であり、内外情勢の根本的な変化なしには、対外危機も体制危機も緩和されないことである。既に見たように、北朝鮮の危機は単純な軍事問題ではない。従って、逆説的ではあるが、軍事優先革命路線の正統性が強調されればされるほど、その実施に際しては、それだけ大きな柔軟性が必要とされる。昨年六月の南北首脳会談開催も、南北対話の画期的な進展を土台に、自らの政治体制をさらに強化し、破綻した経済を再建し、対米、対日関係を一挙に打開しようとする新しい戦略を反映したものと見るべきだろう。それは自らの生き残りのために外部資源を最大限に利用しようとする巧妙な対外戦略である。しかし、それを実行に移すためには、南側の協力が不可欠であった。
 事実、クリントン政権が南北和平プロセスに便乗し、米朝和平を進展させた時、北朝鮮の新しい対外戦略は成功しかけていた。金正日は自ら北京を訪問し、プーチン大統領を平壌に招待しただけでなく、腹心の趙明禄次帥をワシントンに派遣し、「過去の敵対感情から脱して、新しい関係を樹立する」ことを約束する米朝共同コミュニケを発表させたのである。他方、クリントン大統領も直ちにオルブライト国務長官を平壌に派遣した。クリントンの訪朝が実現すれば、日朝関係にも大きな進展があったかもしれない。
 しかし、金大中大統領の主導的役割を支持し、北朝鮮の核活動に関する枠組み合意を維持しつつも、新たに登場したブッシュ政権の政策はクリントン時代とは相当に異なる。六月六日の大統領声明に見られるように、北朝鮮との交渉再開を表明しつつも、ブッシュ政権は枠組み合意の「履行改善」、北朝鮮のミサイル開発に関する「検証可能な規制」と輸出禁止、そして通常戦力態勢の「脅威削減」を含む包括的な討議を要求したからである。抑止と対話のバランスや交渉スタイルにも変化が生まれるだろう。
 とりわけ注目されるのは、ブッシュ政権が「北朝鮮とのいかなる合意にも効果的な検証が前提条件になる」と強調しつつ、ミサイル防衛計画を積極的に推進していることである。しかし、北朝鮮外務省スポークスマンが「長距離ミサイルの発射凍結を無制限に引き延ばすことはない」と言明していたにもかかわらず、五月初めのペーション・スウェーデン首相との会談で、金正日はミサイルの発射凍結を二〇〇三年まで延長し、第二次南北首脳会談の開催を希望した。また、六月六日のブッシュ声明以後も、北朝鮮は対米交渉を要求する姿勢を変化させていない。
 従って、意外にも、ブッシュ政権の強硬な態度がやがて北朝鮮を韓国とのより真剣な対話に向かわせる可能性もなくはない。なぜならば、南北対話での具体的な成果なしには対米交渉の進展が望めないし、それ以外に、北朝鮮には生き残る道が残されていないからである。また、九〇年ぶりといわれる旱魃の影響は北朝鮮でも深刻であり、既にジャガイモ、麦、トウモロコシの収穫に大きな被害が出ている。要するに、現在の北朝鮮には、九三〜九四年当時の軍事的対決を再現するだけの体力が残されていないのである。
 他方、北朝鮮が再び瀬戸際政策に復帰してみても、ブッシュ政権は二隻のイージス艦を北朝鮮沖に配置して、ブースト段階のミサイルを迎撃する態勢を取り、北朝鮮から交渉能力を奪おうとするだろう。また、軍事緊張は経済建設への軍隊の動員を不可能にし、北朝鮮経済を完全に破綻させるに違いない。外部からの食糧援助が途絶すれば、九五年以上の食糧危機が発生する。従って、対南挑発を含む試行錯誤が予想されるにしろ、大局的に見れば、金大中政権の「アメ」政策とブッシュ政権の「ムチ」政策が巧まざる役割分担を構成するのである。
 
 
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