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◆南北の政治対立は解消されるか
 他方、北朝鮮が本当に経済的な実利以外に何も求めないだろうかということになってくると、これはこれでなかなか難しい問題です。今回の合意文書の前文に、「南と北は歴史的な七・四南北共同声明で宣言された祖国統一三大原則を再確認するとともに、民族の和解と団結、交流と協力、平和と統一を早めるため、次のような合意をした」という文言があります。七・四南北共同声明の統一三大原則というのは「自主、平和、民族大団結」です。この三大原則を再確認するということが、北朝鮮側にとっては非常に重要だったのではないでしょうか。
 第一原則の「自主」でありますが、一九七二年当時にもこの解釈が問題になりました。北朝鮮としては、南北が自主的に合意に到達したことが何よりも重要です。アメリカや日本とは関係ないのだ、こういう意味合いがここに込められているのです。したがいまして、これまでの北朝鮮の外交的な主張、例えば日米韓の「三国共助体制」(協調体制)に対する批判は継続すると考えなければなりません。やがて、これが在韓米軍の撤退の要求につながる可能性も想定しておくべきでしょう。すでに指摘しましたが、南北対話を積極的に推進することによって、北朝鮮はペリー報告に盛られたような日米韓協調体制を分断しようとしているのです。
 第二の「平和」という原則ですが、これを根拠として、相互の武力不行使とか、軍縮や兵力削減という問題が提起される可能性があります。もちろん、適切な手続きを経て実施されれば、それ自体は悪いことではありません。その場合、まず軍事的な信頼醸成措置(CBM)について合意されることが望ましいのであって、政治宣伝的に相互の兵力削減に合意することは好ましくありません。北と南では体制が違うのです。それをそのままにして互いに兵力だけを削減すれば、閉鎖性が高く、有事に際してすぐに動員体制をとれる北朝鮮側が有利になることは避けられません。
 第三の「民族大団結」という原則ですが、これについても従来からいろいろな主張がありました。例えば国家保安法を廃止しろとか、国家情報院(旧安企部)を解体しろとか、反政府的な韓総連という学生団体がありますが、それに対する規制をやめろとか、このような主張が北朝鮮側から繰り返されてきました。韓国側はこの原則によって、例えば離散家族の再会、各種スポーツでの南北統一チーム結成、サッカーW杯での協力、芸術交流など、主として人道的な措置がとられることを期待していると思いますが、そしてそれもある程度進むと思いますが、それだけではなく、北朝鮮は折に触れて政治的な要求を掲げてくるだろうと思います。
 総じて言えば、北朝鮮が韓国から経済的な実利を得ようとしていることは間違いないと思いますし、それが非常に大きな動機だと思いますが、それにもかかわらず、北朝鮮が政治的ないし外交的な原則を降ろすようなことはないでしょう。むしろ、外交的には日米韓協調を分断し、政治的にも韓国にさまざまな要求を突き付けてきそうです。経済協力と政治対立が奇妙に共存するかもしれません。私が注目しているのは、実は、北朝鮮側がどこまで連邦制統一論(高麗民主連邦共和国)を前面に出してくるかということです。なぜならば、それこそが「奇妙な共存」を正当化する理論にほかならないからです
 
 
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