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◆単独での経済再建は不可能
 第二に、北朝鮮の困難な経済状況が作用しております。金日成死後の一九九五年、九六年、九七年と、この三年間が最悪の時期であり、食糧危機も頂点に達しておりました。しかし、九八年以後、何とか最悪の事態を脱して、最近では予算や決算、つまり財政計画も発表されるようになっております。「底ばい」という言葉があるようですが、落ちるところまで落ちた後、底を這っているような状態が九八年、九九年と続きました。外部から大規模な経済援助が入らなければ、恐らく二〇〇〇年もそうだと思います。
 もちろん、何とかして経済を活性化しなければいけないということで、北朝鮮もいろいろ手を打っております。「第二の千里馬大進軍」というようなスローガンだけでなく、政府機構や工場・管理部門の縮小改編(リストラ)が進行しておりますし、金日成時代の「主体農法」も変更され、「適地適策、適期適作」、二毛作、ジャガ芋栽培、種子革命(品種改良)などが奨励されております。大小の水力発電所建設も進められております。また、経済的な「実利」を重視するという方針が強調されております。
 しかし、それにもかかわらず経済の規模が半分になってしまったという厳しい現実に変化はなく、それが今後もずっと続くとなると、やはり耐え難いのでしょう。何とか計画経済に復帰しようとしても、エネルギーがないし、原資材も部品もありません。最近では食糧以上に電力不足が叫ばれておりますし、外貨不足のために原資材や部品が極端に不足しております。要するに、産業連関が破綻し、工場の稼動率が著しく低下しているのです。Aという工場には電気は来ているけれども資材がない。Bという工場には資材はあるけれども電気が来ない。しかし二つの工場が動かないと一つの製品ができない、このような状態が何年も続いているわけです。
 北朝鮮がこのような「底ばい」状態から独力で脱出できるとは思えません。いいかえれば、外部からの資本と技術の導入がなければ動きがとれないのです。しかも、二〇〇二年は金正日総書記の還暦という輝かしい年です。それまでに零落した経済を何とか再建の軌道に乗せなければなりません。すでに、今動かなければ間に合わないというところまで来ているのです。しかし、現在北朝鮮を助けてくれる国は韓国以外にございません。
 第三に、総選挙の直前というタイミングですが、これはきわめて単純明快です。「コロンブスの卵」なのです。金大中政権の任期は五年間あって、その半分近いところに総選挙があります。金大中大統領にとって最も重要で、決定的タイミングはいつかといえば、間違いなしに、この総選挙なのです。ここで勝てれば残り三年間、それなりの指導力を発揮できますが、負けてしまえばすぐにレイムダックです。北朝鮮側から見れば、このときこそが南北首脳会談を一番高く売りつけることができるタイミングなのです。そして、もしその助けを借りて金大中政権が総選挙に勝利すれば、北朝鮮としては大きな貸しをつくったことになります。
 今回の選挙で民主党が勝てなかったことに関しては、金大中大統領も落胆されていると思いますが、それ以上に北朝鮮指導部が落胆したと私は見ています。しかし、結果的には、これでよかったというふうにも考えています。何といっても、北朝鮮の助けを借りて選挙に勝つというのは邪道でありまして、将来に禍根を残すことになるでしょう。しかし、他方、タイミング的には、総選挙があったからこそ、それが求心点になって南北間に首脳会談開催の合意が成立したということが言えるのかもしれません。
 以上見てまいりましたように、今回、北朝鮮指導部が南北首脳会談を受諾した動機は戦術的なレベルのものではなくて、対米外交や自国の経済的な状況を背景とした、そして何よりも北朝鮮自身の「生き残り」を保障するための戦略的なレベルの判断でありました。明らかに最高指導者である金正日総書記が行った決定です。よほど大きな突発事故でもない限り、戦術的レベルのトラブルのために戦略的な判断が覆されることはないだろうと見ております。それどころか、対米外交や経済事情から判断して、今回の南北対話は予想以上の持続性をもっているかもしれません。
 
 
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