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◆なぜいま南北首脳会談なのか
 総選挙の話はそのくらいにして、次に南北首脳会談について話してみたいと思います。この時期になぜ首脳会談なのかというのが最大の疑問点ですが、この点に関しては、金大中政権に限らず、韓国の歴代政権がこれまで南北首脳会談を繰り返し呼び掛けてきたという事実を指摘しなければなりません。全斗煥政権以来ずっとそうだったわけですし、金大中政権も同じです。したがって、北朝鮮側がなぜ、今回、このタイミングで首脳会談を受諾したのかということこそが問われるべきだろうと思います。
 補足して申し上げますと、韓国の共産圏外交というのは旧ソ連や東欧諸国に対して典型的に見られましたし、中国に対してもそうでしたが、経済援助で国交を買うようなところがありました。ですから、金大中政権が北朝鮮に対して大規模な経済援助を提供し、そのかわり関係を正常化しようと言っても、あまりオリジナリティーはありません。驚くべきはむしろ、ソ連や中国と同じように北朝鮮までが飛びついてきたことです。したがって、なぜいま南北首脳会談なのかという設問は、なぜ北朝鮮がこのタイミングで飛びついたのかという設問にならざるを得ません。
 そのような観点から見ますと、三つのことが言えそうです。まず第一は北朝鮮の対米外交との関連であり、第二は北朝鮮の経済事情であり、そして第三が韓国の総選挙というタイミングです。
 第一の点ですが、アメリカ大統領選挙を前に、北朝鮮の対米外交がある種の限界に達しております。大ざっばに言えば、北朝鮮外交の焦点は九〇年代にほぼ一貫してアメリカに合わされており、それにはそれなりの戦略的意図がありました。北朝鮮指導部のゲームプランによれば、まずアメリカとの関係を打開することが重要であり、それができれば日本はついてくるだろう。そうなれば、多額の賠償ないし経済協力が得られる。しかも、北朝鮮がアメリカや日本と国交を正常化すれば、韓国が大混乱に陥るに違いない。それによって、これまでのゲームの流れが一変するだろう。これが基本的な発想だったわけです。
 八〇年代にもそういうことは考えたのですが、レーガン政権のアメリカが相手にしてくれなかった。ところが、核兵器開発が明らかになり、九三年三月にNPT(核拡散防止条約)を脱退した途端に、クリントン政権のアメリカが交渉に応じてくれた。それどころか、九四年十月のジュネーブ合意によって、二基の軽水炉まで建設してくれる。ミサイル開発が進展すれば、アメリカはもっと大きなものをくれるかもしれない。このように、ジュネーブ合意以後も対米交渉が重視されてきたわけです。
 しかし、今年の二月から三月に、こういう外交戦略がほぼ限界に達したようです。去年九月のベルリン合意以来、北朝鮮は確かにテポドン発射を凍結し、新しい対米交渉をスタートさせようとしております。北朝鮮高官がワシントンを訪問する問題も討議されました。しかし、テロリスト国家の指定を解除する問題をめぐって、ニューヨークでの米朝交渉が暗礁に乗り上げてしまいました。いくつかの条件が整わないために、アメリカ側がそれを拒絶したのです。したがって、ペリー元国防長官の招待にもかかわらず、北朝鮮高官のワシントン訪問もメドがたっておりません。
 いずれにせよ、再開されるミサイル交渉は、それ自体が非常に難しい交渉です。米朝双方の基本的立場に非常に大きなギャップがあるからです。北朝鮮側はミサイルの「輸出」に関しては、やめてもいい、ただし金銭的な補償をしてくれと言っておりますが、ミサイルの「開発」に関してはやめる意思を見せておりません。これは国家主権の問題であって、アメリカだってやっているではないか、なぜわれわれだけやめなければらないのか、こういう主張を展開しております。確かに、北朝鮮は核とミサイルという二枚の外交のカードを持っておりますが、すでに一枚目を切ってしまいましたから、二枚目はそう簡単に使えません。自らの安全が十分に保障されるような条件が整わなければならないのです。
 しかし、その意味で興味深いことに、北朝鮮は、もしアメリカの軍事的な脅威が除去されれば、「開発」に関して再検討の余地があるとも言っております。アメリカの軍事的脅威の除去とは何かと申しますと、米朝二国間の安全保障取り決め、すなわち現行の朝鮮休戦協定に代わる平和協定が締結されなければならない、こういう主張なのです。これは金銭的な要求ではありません。そうではなくて、少し前に申し上げたような対米関係優先の外交戦略の中心的な部分なのです。つまり、アメリカと北朝鮮が朝鮮半島の安全保障の当事者であって、その二国が平和協定を締結するのであれば、弾道ミサイルの開発中止を考えてもいいですよ、ただし韓国は当事者ではありませんという話なのです。
 他方、アメリカが言っているのは全く逆であります。北朝鮮が核兵器とミサイルの問題を解決し、テロリズムを放棄するのであれば、それに応じてテロリスト国家の指定を解除する、国交正常化に応じてもいいと言っているだけです。ですから、お互いに相手が先に前提条件を満たせば、われわれの態度は変わるかもしれませんと言っているだけでありまして、両者の主張の間には非常に大きなギャップがあります。
 それに加えて、これからアメリカでは大統領選挙運動が本格的に展開されます。北朝鮮としては、民主党政権であれ共和党政権であれ、新政権の北朝鮮政策が形成されるのを黙って見ているわけにはまいりません。クリントン政権との関係改善が進めばよし、そうならない場合でも、次の政権の北朝鮮政策に少しでも影響を与えたい。南北首脳会談は、そのための外交戦略の転換であると言ってよいでしょう。要するに、これまでのようなトップダウン、すなわちアメリカとの関係を打開して、日本、韓国を動かす方式ではなくて、逆に韓国との関係を打開することによって日朝関係を動かし、やがて時が来たらアメリカを再び動かすというボトムアップ方式に転換したのです。
 もし南北対話が順調に進展すれば、かりに共和党のブッシュ政権が誕生しても、金大中政権との関係を考慮して、アメリカは従来のエンゲージメント政策を継続せざるを得ないでしょう。要するに、北朝鮮の「生き残り」のカギを握っているのはアメリカ新政権の北朝鮮政策です。北朝鮮指導部はそれを少しでも有利な方向に誘導しようとして、いまから注意深く準備しているのです。ややうがった見方のように思われるかもしれませんが、北朝鮮にとって、アメリカの政権交替はそれほど重要なのです。
 
 
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