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◆対話しかない選択肢
 北朝鮮は平壌共同宣言を評価し、これを金総書記の業績として称えた。植民地支配に対して日本の首相が平壌まで来て謝罪し、「補償」(日本側からすれば韓国との整合性を貫くため「経済協力」)を申し出たから、というのが北の論理だ。それなのに、日本側は“一時帰国”の五人も戻さず、国交正常化後の実施を約束した経済協力も未履行なのだから拉致解明にも協力できない、というのが北朝鮮の言い分だろう。私の認識は外務省アジア大洋州局と変わらないのだが、拉致に憤る日本国民の感情のマグマがあまりに強烈なため、彼らは保身のために沈黙してしまい、小泉首相も「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」(拉致議連)の議員や「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)、それに「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)から信任の厚い安倍晋三官房副長官に、すべて“丸投げ”してしまっている。小泉首相よ、あなたが署名してきた平壌共同宣言には「国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む」と明記してあるではないか。北朝鮮の核保有問題が重大化したから拉致問題が脇に追いやられ、解明の見通しが遠のいたという見方は正しくない。責任は小泉首相のリーダーシップ欠如と世論迎合の日和見主義にある。
 「金正日総書記が拉致を認め、謝罪することで、日本の世論は一時的には硬化しても、いずれ収まる」という北朝鮮側の事前の読みは狂い、その後もメディアの北朝鮮バッシングはとどまるところを知らない。これでは「報復の連鎖」を免れない。十把一からげにして私を「北朝鮮弁護の学者の代表」に祀り上げたところで問題の解決にはならない。
 「こうなったら、何が何でもブッシュを動かす他ない。イラクの例を見ても、米国さえ動かせば日本は従いてくる」というのが北の読みである。ブッシュ政権が動かなければ、核保有宣言し、次は核弾頭の大量生産、中東、その他のテロ支援国家への輸出までいく。ブッシュ政権がそれでも交渉しない、一切の譲歩をしないというなら、北朝鮮に催促されなくても、核計画廃棄を条件に日本が国交正常化に乗り出し、大規模経済協力を供与すればよい。米国がネオコン主導で武力行使に走り、朝鮮半島が焦土と化し、日本にノドン・ミサイルが飛んでくるよりいいではないか。軍事的解決ということになれば、金正日体制は崩壊するが、朝鮮半島は大混乱になる。拉致被害者の日本人が無事解放され、帰還できる保証もない。「国賊」「売国奴」どころか、私ほどの愛国者はいないと自負している。何よりも戦争を憎み、北東アジアの平和と安定のための民族和解と共生を願う。日韓・日朝両民族が「憎悪と報復の連鎖」から解き放たれ、赦し合うことを願う。
 金正日体制が全体主義的独裁政権だからといって、これを打倒し、抹殺することは国連憲章も認めておらず、国際法違反だ。イラク侵攻も国際法違反だが、サダム・フセインはイラン=イラク戦争で、イラン人とクルド人に化学兵器を使用して推定数万の虐殺者を出している。
 北朝鮮の場合、何よりも同族の韓国民が「太陽政策」継続の盧武鉉(ノムヒョン)大統領を選出し、向こう五年間、南北対話を通して「北東アジアの平和と繁栄」を築こうとしている。とすれば、平壌共同宣言履行、日朝国交正常化、経済協力供与以外に日本の選択肢は存在しない。拉致の全容解明もこの選択肢以外では実現しないであろう。
著者プロフィール
吉田康彦(よしだ やすひこ)
1936年、東京生まれ。
東京大学文学部卒業。
NHK記者を経て、国連本部主任広報官、国際原子力機関広報部長、埼玉大学教授を歴任。
現在、大阪経済法科大学教授。
 
 
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