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2000年10月20日 『週刊金曜日』
日朝国交正常化への道は「過去の清算」から始めよう
吉田康彦
 
拝啓、森喜朗総理殿
 南北に続いて米朝関係も進展し、朝鮮半島をめぐる情勢は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の積極外交でにわかに活況を呈してきました。「さて日本はどうする」とソウルとワシントンはあなたの出方を見つめています。あなたも外務省もにわかに浮き足立っているようです。なにしろ日米韓の連携をうたいながら、気づいたら日本だけがバスに乗り遅れた格好だからです。
 あなたは韓国のノーベル平和賞を受賞した金大中大統領に「金正日は話のわかる人です。ぜひ直接お会いなさい」と勧められてから、あの手この手で日朝首脳会談実現に向けてさぐりを入れてきました。外務省にも内密に金正日総書記に近い韓国の有力者に親書を託して首脳会談を申し入れたとされるのをはじめ、中国当局にも斡旋・仲介を依頼したとのことです。
 日本人拉致疑惑解明を事実上タナ上げしてまでも、五〇万トンのコメ支援に踏み切ったことに対して洪成南(ホンソンナム)首相から謝意が伝えられ、これを得意気に記者団に披露していましたが、最高権力者の金総書記からの直接の謝意ではありませんでした。支持率低迷で超低空飛行を続けるあなたとしては、外交で実績を挙げて政権浮揚のテコにしたいものの、北方領土問題も日ロ平和条約も当面タナ上げとなり、日朝国交正常化に焦点を絞ったというところでしょう。政権禅譲に期待を寄せている河野洋平外相も同床異夢で、WFP(世界食糧計画)の要請をはるかに上回る五〇万トンのコメ支援の決定では、「拉致問題解明が先決」と迫る与党議員の反対を押し切りました。
 今回のコメ支援に一二〇〇億円も要することへの批判もあります。しかし党内事情で、余剰米をかかえる農家から国際価格の一〇倍もの国産米買い上げを要求する農林族の圧力に屈するからそうなるのです。タイ米なら一〇〇億円で済むというではありませんか。五〇万トンのコメ支援というのは、三年前の一九九七年一一月、当時、自民党総務会長だったあなたが団長として訪朝した際の密約だったという噂が流れています。理由づけも、純人道支援といってみたり、相手方の誠意ある対応に期待するといってみたり、一貫性を欠いています。
 日朝国交正常化を望む世論の高まりは見られません。『毎日新聞』が最近実施した世論調査でも六五%の国民が「慎重に」と答えています。そうでなくても外交上の実績は選挙で票にはなりません。とすれば、あなたはなぜ日朝関係打開に力を入れているのでしょうか。おそらくは、たとえ短期政権で終わっても、後世の教科書に「日朝国交正常化は森喜朗が成し遂げた」と歴史に名をとどめたいのではありませんか。
 それなら話は簡単です。北朝鮮の主張を受け入れて、まず「過去の清算」をすることです。それは「日帝三六年の植民地支配」の謝罪と補償です。外務省は、謝罪は五年前の村山談話でお茶を濁そうとしているようですが、これはアジア諸国すべてに向けられたもので、北朝鮮は満足しません。新たに全朝鮮民族に向けて「過去」を詫びる「森談話」をお出しなさい。あなたの名前は歴史に残り、韓国国民もあなたを再評価するでしょう。
 「補償」は、韓国に対して提供した「経済協力資金」で解決するでしょう。韓国と異なる名目では出せないという理屈は北朝鮮もわかっています。額は惜しまず、一三〇億ドルくらい出すべきです。北朝鮮経済の再建に協力することは韓国を助けることになるのです。
 ただし、金正日総書記との会談が実現しても、いきなり「拉致した日本人を返せ」などと直談判はなさらないことです。朝鮮民族は誇り高く、何よりも面子を重んじます。北朝鮮は一貫して「拉致」を否定しており、日本にとっては「行方不明者が見つかった」という解決以外にはあり得ないのです。
 三〇日から第一一回日朝交渉本会談が北京で開かれます。功を焦らず、誠意を尽くして合意を積み上げ、あなたの出番を作らせることです。
著者プロフィール
吉田康彦(よしだ やすひこ)
1936年、東京生まれ。
東京大学文学部卒業。
NHK記者を経て、国連本部主任広報官、国際原子力機関広報部長、埼玉大学教授を歴任。
現在、大阪経済法科大学教授。
 
 
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