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1996年3月号 『正論』
北朝鮮、破局前夜の混迷
佐藤勝巳
民は飢え、権力中枢は不明のまま混迷する北朝鮮。
ハッキリしていることは、混迷のまま破局へ向かっているということだけだ。
◆党、国家にトップ不在 深刻化する国民の飢え
 北朝鮮は依然として混沌・混迷状態に陥っている。筆者の目には、混沌・混迷のまま破局に向っているように見える。
 金日成が毎年行っていた一月一日の「新年辞」(旧年の総括と、新年の施政方針)は、昨年に続き今年もなかった。
 それは当然なことである。金日成存命中は、年末に朝鮮労働党中央委員会総会を開催、一年間の国家活動などを総括し、新年の重点施策を決定してきた。その決定を国家主席である金日成が「新年辞」という形で内外に発表してきたものである。
 党も国家もトップが不在で肝心の党中央委員会総会が開催されていないのであるから、総括も方針も出てくるはずがない。ついでにいえば、朝鮮労働党は、一九九三年十二月以来、今日まで一度も中央委員会総会を開催できないでいるのだ。これはあの国を支配している政権党の機能が停止していることを意味するものだ。
 このままの状態が続けば、昨年四月ですでに任期が切れている最高人民会議代議員(日本の国会議員)の選挙も実施されないであろう。そうなると二年続けて国家予算も決算も審議されない状態が続くことになる。これで果して国家と呼ぶことができるのかどうか。こうした事態は少なくとも金日成存命中はありえないことであった。
 これに加えて、食糧・エネルギー危機だ。北朝鮮報道に及び腰のわが国のマスメディアさえも、最近食糧危機をしばしば報道するようになった。曰く、北朝鮮の食糧は「三月でなくなる」「六月でなくなる」「ピョンヤン以外は昨年一杯で、ピョンヤンは二月までで食糧がなくなる」(昨年末北朝鮮を訪問した在日朝鮮人の話)「七〇〇万人の人に食糧配給されず」(韓国「東亜日報」昨年十二月二十七日付)「十三万人が飢餓のふちにある」(国際赤十字・赤新月社連盟平壌代表部パリゼッテ首席代表の発言・昨年十二月十九日朝日新聞)などなどである。
 発言内容に不明な点もあるが、三月か六月かはともかく、戦争用備蓄米百数十万トンを除き、近く食糧がなくなるのは間違いないことである。冷戦時代ならこのような深刻な事態に至らないうちにいつも旧ソ連か、中国が救援の手を差しのべてきた。ところが現在、両国とも他人を助ける余裕などない。仮に、援助する余裕があったとしても、ロシアと中国の指導者たちは、北朝鮮への援助には慎重な態度をとると思われる。
 金正日は、一九九三年三月一日「社会主義の誹謗中傷は許さない」、金日成が死亡してからの九四年十一月一日「社会主義は科学だ」、九五年六月十九日「思想活動を優先させることは社会主義偉業遂行の必須的要求」、という長い長い論文を三本発表している。
 共通している論旨は、現北朝鮮の体制を護持するため政治・経済改革に反対したものである。社会主義国の崩壊は、帝国主義者の陰謀に、社会主義国内部の「背信者」「修正主義者」「日和見主義者」が呼応したことによるものだとして、名指しこそ避けているが、北朝鮮内の改革開放派と旧ソ連、現ロシア、現中国指導者たちを批判攻撃しているものである。
 中ソ対立時代なら北朝鮮の主張が、旧ソ連に、または中国に近いときは、近い方の国が相当の犠牲を払ってまでも援助してきた。しかし、いまはそんな必要はまったくない。このような国際情勢の質的変化を無視して、旧社会主義国指導者攻撃を展開しているのだ。攻撃されている側が、攻撃している国を援助するだろうか。そんなことは一般的に考えることはできない。ロシアや中国が援助に消極的な態度をとるだろうということは以上の理由によるものである。
 更に、金正日論文のナンセンスさは、現実には国際的になんの説得力もないことである。北朝鮮が過去の朝鮮戦争のとき、ソ・中から受けた援助はここでは問わない。その後のソ連に対する借款の返済の遅れも、中国に対する貿易代金の未払も問わない。また、金正日論文のいうごとく北朝鮮が唯一の社会主義国家であると仮定したとしよう。
 その国でいま何が起きているのだろう。どんなに甘くみても、六月になったら絶対的に食糧がなくなってしまうのだ。今冬だけでも食糧欠乏のため栄養失調による死亡者が三、四十万人出るとの推測が、彼らの内部で取沙汰されている状況である。
 金正日が「社会主義の背信者」「修正主義者」と批判しているロシアや中国で、食糧不足のため餓死者が続出しているなどという情報をわれわれは耳にしていない。結局のところ金正日のいう「社会主義の堅持」とは、国民の多くを餓死状況に追いやり、金正日を頂点とする特権階層の「特権堅持」というのが実態である。こんな政権を何故に支援しなければならないのか、という疑間が国際的に広く存在している。だから国連人道問題局(DHA)などがいくら国際社会に北朝鮮水害支援を呼びかけても、反応が鈍いのである。
 
 
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