1996年1月号 『正論』
出口なし、北朝鮮
佐藤勝巳
◆尖鋭化する軍部
いま筆者の周辺では、「北朝鮮は、韓国からコメをもらったお礼に武装スパイを入れてきた」とひとしきり話題になっている。
日韓両国政府は、北朝鮮にコメを供与することによって、国際社会に引き出し、“軟着陸”させるといってきた。こういう主張が、いかに御目出度いピントはずれなものであったかが、改めて立証された。
武装ゲリラならまだしも、最近、わが『現代コリア』編集部は「北朝鮮は飛行機に載せて投下する核弾頭の完全なものを現在六個保有しており、三カ月以内にノドン・ミサイルに搭載できる小型の核弾頭が四個完成する。米国の情報筋が確認している」との情報を入手している(『現代コリア』一九九五年十一月号)。
この情報の提供者は、米国のジャーナリスト、エド・エバンホー氏である。氏は、情報畑にいた人で、退職してテレビキャスターなどを務め、現在は軍事関係の雑誌編集者である。
氏は、右核弾頭を北朝鮮が所有した経過を「ロシアマフィアの手引きで北朝鮮に入ったものである」と証言している。
韓国の最大発行部数をもつ『月刊朝鮮』(七月と八月号)は、「一九九五年から九六年の冬に北朝鮮の再侵略が行われる可能性が高まっている」と駐韓米軍情報筋の話を報道している。その根拠は、次の三点にある。
(1)北朝鮮は旧ソ連式の武器体系をとっていたが、九一年以降その部品供給が受けられなくなったため、九五、九六年度を越えると軍事力が急速に弱化する。(2)その事実を軍の首脳部はよく知っている。(3)九二〜九四年、これまでになく冬季軍事訓練を頻繁に行っている。
同誌によると駐韓米軍情報担当官の約七五%が「戦争の脅威はこれまでになく高まっている」とみているという。また、九五年九月二日発刊された韓国の『国防白書』(九五〜九六年)では、北朝鮮は経済が極端に悪化しているにもかかわらず、中長距離のミサイルの開発を続け、ピョンヤンでは大規模な防空訓練を行うなど戦時体制を強化していると指摘している。
そして、軍備増強の中身を、
(1)射程距離三〇〇〜五〇〇キロのスカッドB、C型ミサイルを年間百余発生産できる。
(2)地上軍の規模は昨年に比べ一万名増えて一〇四万名、従来の一八個軍団が一つ増えて一九になった。
(3)装甲車は一〇〇余両増えて二六〇〇両に、野砲は五〇門増えて一〇五八〇門に増強。
(4)海軍支援艦は一〇隻増えて三三〇余隻、空軍支援機は二〇機増えて五〇〇余機に増強。
(5)完全武装した一個小隊兵力を海上から浸透させる高速ホーバークラフトも一〇隻余増えて一三〇隻保有することになった。
九五年二月米上院軍事委員会でゲリー・ロック駐韓米軍司令官は「北朝鮮軍の前進配備の規模は、現役全戦闘兵力の四〇%から六〇%に増えた」と証言している。
九五年八月十五日ピョンヤンを訪問していた在日朝鮮人の一人は、朝鮮人民軍の首脳の間に「このままの状況が推移するとジリ貧となって、戦闘能力を失ってしまう。戦争可能なときにしないと大変なことになる」との声が胎動してきていると筆者に伝えてくれた。
また、いまにはじまったことではないが、一般の国民の間には、数年ほどまえから、戦争待望論が根強く存在している。その理由は、南と戦争になって勝利すれば、韓国の豊富な物資や生産設備が手に入る。負ければ現体制が崩壊し、状況が根本的に変化する。こういう内容の戦争待望論である。従って北朝鮮は経済的困難に陥っているから戦争はできないとみることは正しくないと思う。
以上の現実をみればわかるように、わが国と韓国が、北朝鮮に送ったコメ(合計六十五万トン)や朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)を通じて、ただで送っている重油(年間五十万トン)は、北朝鮮の戦争準備支援以外のなにものでもないのだ。本当に愚かなことをやっているとしかいいようがない。
前記『月刊朝鮮』(七月号)の記事のなかで駐韓米軍の消息通は「まだ北朝鮮が本気で軽水炉を望んでいると思っている馬鹿どもがいる」「北朝鮮は十年先に完成する軽水炉には興味がなく、これを利用して韓米両国を安心させようとしている」と語っている。カネやモノを与え、北朝鮮を柔軟化させるなどといっている“軟着陸”論者などは、差し詰めこの「馬鹿ども」に当るのではなかろうか。
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