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◆主席就任のメド立たぬ金正日
 ところで、金正日の今後はどうなるのだろう。金正日の側近たちは、朝鮮労働党創立五十周年(九五年十月十日)が近づくと謀略ともいえる「金正日書記の党総書記就任間違いなし」という情報を流した。朝鮮総連などは、それを信じピョンヤンに祝賀団まで送りだした。
 しかし、周知のように金正日の肩書にはなんの変化も起きなかった。といってもこんなことは今回が最初ではなく、まったく同じことが、九四年九月と九五年九月に二度に亘ってあった。「三度目の正直」という言葉があるが、三度目も遂になかった。
 就任できない理由は、大きくいって二つある。一つは、筆者が既にいろいろな出版物に書いているように、一九九三年六月頃、金正日は、父親金日成から内外の失政の責任を問われ、党の肩書使用を禁止されていた。その絶対権力者が死亡(九四年七月八日)してしまい「神」の命令を誰も撤回できずにいる。だが、金正日トップ就任を誰もが願っているのであれば、党中央委員会総会を招集、適当な理屈を付けて、事実上金日成の命令を否定、金正日を党のトップに選出すればよい。
 第一、金正日を金日成の後継者に決定したのは金日成で、その決定が取消されているわけではない(九四年に入っての金日成の言動は、行動としては、金正日後継者否定の方向に向いていた)。
 それなのに、側近たちの意向とはまるで逆な方向に後継者問題が動いているということは、党内に根強い反対勢力が存在しているということを逆に証明していることにならないのか。
 朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が異常ともいえるほど金日成の「遺訓」「遺訓」といっているのは、金正日頼りにならずと言外にいっていることになるし、それぞれが自分の都合のよい部分を抜き取って「利用」する現象が起きている可能性が高い。
 たとえば、後継者問題についていえば、ある人は、党の肩書使用禁止を重要な「遺訓」と考えるであろうし、金正日の側近たちは、二十三年前の金日成が金正日を自分の後継者に決めたことを「遺訓」と受け取り、党や国家のトップ就任を主張するであろう。この問題一つに限定してもいまみたように、にっちもさっちもいかない状況にあるというのが現在の北朝鮮の政局ではなかろうか。
 いま一つの不就任の理由は、金正日個人の問題である。北朝鮮から伝わってきている不就任の理由は、(1)金日成と同じように神格化が進んでいない。(2)経済が安定していない――の二点にあったといわれている。この話が本当なら、彼は、指導者としての資格はない。神格化などナンセンスであるが、金日成は、党内の権力闘争でそれを勝ち取ったものである。自分は何もしないで、党や国民に神格化を求めるなど論外であろう。経済が安定しないというが、それを改善するために何故先頭に立って指揮をとらないのだろう。(1)(2)とも受け身で、闘い取る姿勢がまったくみられない。指導者としてもっとも必要な要件を欠いた人物である。
 多分、体調に主たる原因があるのではないかと思われるが、テレビに映る金正日から、気力、迫力はまったく感じ取ることができない。逆に、落着きがなくたえず目をキョロキョロと動かし、実に弱々しく自信などみじんもみられない。
 無理もないことである。一九八五年から九二年まで金正日が権力を振うことができたのは、父親金日成の威光があったからだ。党幹部が金正日に敬意を表したのではない。金日成が、金正日を後継者といっているから敬意を表していただけだ。その金日成が、金正日の失政を叱責し、党の肩書使用禁止を命じたなら、金正日の権威など認めるのは、彼の取巻ぐらいのものである。
 いわんや金日成がなくなった現在、闘う姿勢も気力も迫力もない人間を最高指導者に選出するだろうか。それはないと思うし、現に選出されていない。
 しかし、本当の理由は、こんな奇麗なことだけではないと思う。これは北朝鮮に限ったことではない。旧共産圏に共通していたことであるが、老幹部たちの身の保全が根底にみえかくれしていることだ。金正日が党のトップに就任すれば、遅かれ早かれ老幹部たちは引退せざるをえなくなる。老幹部が引退すると、その幹部の一族はいうまでもなく、その人脈につながる人たちのほとんどが、権力中枢から排除され、かわりに新しい権力者たちの一族と人脈がとってかわるという事態が出現する。大幅な特権層の交替劇が起こるのだ。
 だから金容淳に代表される金正日の取巻たちは、謀略まがいの情報を海外にまで流して金正日就任を実現させようとしているのだ。それに対して、金日成の「遺訓」を掲げて抵抗しているというのが現実にもっとも近い姿ではないかと思われる。だからいつまでたっても、党中央委員会総会も、日本の国会に当たる最高人民会議も開催できないでいる。従って予算もないという異状な状態が出現しているのである。金正日を担ぐクーデターでも起きれば、トップ就任ということがあるかも知れない。そうでなければ、実現は非常にむつかしくなった。といっても、金正日が仮にトップに就任することがあったとしても、体制の崩壊が促進されるだけのことで大勢になんら影響を与えるものではない。
 
 
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