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◆軍と党の間の亀裂
 軍と党の間に何か問題が起きていると推測される。北朝鮮には、国内向けラジオ局で朝鮮中央放送というのがある。このラジオ局は、九四年八月二十一日後継者問題に関する論説で「首領(金日成)の革命偉業を代を継いで継承する問題を正しく解決できなければ、野心家、陰謀家たちの背信行為で党と革命が危険な結果に陥るのが歴史的な経験だ」と放送、朝鮮労働党内に後継者に反対する野心家、陰謀家が存在することを間接的に認めた、金正日擁護派の放送局である。
 この放送局が、九五年十月十九日党組織の老衰、沈滞による「変質」の可能性を警告し、「いかなる環境でも階級的立場と革命的原則を一貫して堅持すること」を労働党に注文した(韓国『内外通信』十月二十日)という。
 朝鮮中央放送は、党の放送委員会傘下の放送局の一つである。そのメディアが党に対して「変質」の可能性を警告するなど「下剋上」が起きているとしか考えようがない。旧共産圏においては、昔こういうのを党の分裂ないしは、「分派活動」と呼んだものである。
 それなら、軍と金正日の関係はどうかということであるが、軍は、金正日など信用していないと思う。後述するが、金正日はすべて受け身で、積極的に困難に立ち向う姿勢はまったく見当らない。軍のトップとしては、もっとも適性を欠いた人物であるが、いまは排除する時期ではなく、最高司令官と国家国防委員会委員長の肩書を逆に利用し、軍の利益を守るという挙にでたのではないだろうか。
 金正日の方も、党の肩書が使用できない現在、軍に依存せざるをえない。軍から見離されたら、ただの人になってしまう。従って軍幹部の意向を無視することはできないという力関係になっていると思われる。
 なぜなら、もう少し経過をみないと具体的なことはわからないが、依然として軍のトップは、革命一世代によって占められている。参謀総長ポストに金正日世代が就任したわけでもない。基本的には、革命一世代のポストのたらい回しで終っている。金正日の意向は、人事に反映した気配はない。彼のイニシアチブで人事が行われたのであれば、もっと若い将官の顔が表面に現れてきてよいはずだ。
 それがみられないということは、崔光人民武力部長ら老軍人たちの主導によるものである。現在の金正日の立場からすれば、老軍人たちのいいなりになる以外にない筈だ。老軍人たちの共通利害は、若い軍人にポストを渡さず、一日も長く権力にとどまることである。これは、朝鮮人民軍固有のものではなく、旧共産主義国家の軍にみられた共通の現象である。共産主義国家におけるポストとは、それほど魅力のあるものである。
 絶対的権力をもっていた金日成ならいざしらず、党の肩書も使用できず、軍のことを何も知らない素人の最高司令官の命令など表向きはともかく、自分たちのポストがおびやかされるような人事に同意する筈などありえない。
 以上みてきたように九五年十月十日を契機に、金正日並びにその取巻たちの地位は、決定的に低下したとみてよい。
 もう一つ軍にとって頭の痛い問題は、金日成の指導で核開発を凍結し、米朝合意で軽水炉導入の過程で、国際原子力機関(IAEA)の特別査察を受け入れなければならないことになっていることである。
 軍は、金日成の命令であったから、右決定に従わざるをえなかったが、金日成なき現在、外交部(外務省)中心に進められている軽水炉交渉にブレーキをかけなければならない。また、南北会談、日朝交渉などがどんどん進んでいくことは、緊張の緩和、軍事費の削減、民生向上にカネを回せということになっていく。
 最近になって判明したことであるが、五月末に北朝鮮は、韓国西海岸で韓国の漁船を拿捕した。南北のコメ支援交渉で、北朝鮮は、口約束であるが、釈放を約束していたという。しかし、それが現在に至るも実現できないでいるのは、朝鮮人民軍が釈放に同意しないからである。
 また、米朝相互事務所設置の件も、若干の実務的な問題が未解決ではあるが、これもやはり、米国の外交行のう(郵便物を入れる袋)を板門店経由で北朝鮮に持ち込むのに軍が同意せず、交渉が遅滞していると、韓国当局者が明らかにしている。
 これから先は、筆者の推論であるが、この軍の反対理由は、前述の緊張緩和が軍に不利ということと、もっと直接的な理由がある。一九九四年六月北朝鮮を訪問した米力ーター元大統領に、金日成は、朝鮮戦争のとき行方不明となった米兵の遺骨の共同調査を約束した。もしこれが実現したなら、北朝鮮全土が米軍情報将校たちに裸にされてしまう。朝鮮人民軍としては耐えられないことである。従って、相互事務所設置に同意できないということになっている筈だ。
 この軍の発想と行動は、客観的には自主孤立破滅の道であることは多言を要しない。当然のこととして、民生重視の政務院と対立を引き起こすことになる。現に、九五年六月のクアラルンプールの米朝交渉の場で、非公式ではあるが、北朝鮮から軽水炉ではなく、火力発電所の建設に切替えられないかとの話が出ている(産経新聞九月二十九日)。経済に直接早期に役立たせることを考えるなら、軽水炉などより、火力発電所の方が現実的であるにきまっている。しかし、そのためには、早期に国際原子力機関の特別査察を受け入れなければならなくなる。その場合、朝鮮人民軍が同意するのかどうかだ。
 従来、このようなときは、金日成の決断で何もかも決ってきた。今度は、決断する権力者が不在なのである。仮に、金正日がトップに座ったにしても、決断をする能力も勇気もない器である。
 このような状況のなかで、冒頭紹介したように朝鮮人民軍は、核弾頭の所有、軍備の増強に血途をあげているのである。朝鮮半島は、一九九四年六月の米カーター元大統領の訪朝直前より緊張が高まっていると理解すべきである。
 これに対処する方法は、話合いとか、モノを与え軟着陸させるなどではない。もしも冒険的な行動に出たら、回復不能な報復を行うというメッセージだけではなく、米韓日が行動で示す以外に冒険主義を抑え込む方途はないのである。
 しかし、韓国は、盧泰愚前大統領の秘密資金問題で上を下への大騒ぎとなっている。日韓関係についていえば、例の江藤総務庁長官のオフレコ発言問題で、韓国が同長官の事実上の辞任を要求するなど内政干渉に及ぶ行動に出てきたことによって、冷却化は避けられなくなっている。
 他方、クリントン政権の対北朝鮮政策は、共和党ブッシュ政権と違って、モノとカネを与え軟着陸させるという方針に変化はみられない。最悪の状況にあると思わざるをえない。
 
 
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