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◆きざし始めた「帰国事業」への疑問
 私や小島氏が、この「帰国事業」に「オヤッ」と疑問を抱き出した契機は、一九六〇年には四万九千余名が、六一年には、二万三千名近くが「帰国」していたのに、六三年になると、三千四百九十七名と急減したときであった。「楽園」であるべき社会主義朝鮮にどうして「帰国」しないのだろう。朝鮮総聯活動家に理由を質してもはっきりと答えるものがいなかった。それでもなお質すと、「日本の反動どもが妨害している」とか「謀略情報を流している」という。しかし現場で「帰国事業」をみているわれわれにとっては到底納得できるような答えではなかった。
 それでも疑問をもちつつも、社会主義朝鮮や総聯がわれわれにウソをいう筈がないという思いが、心を支配していた。そのうちに、「帰国者」から「チリ紙を送れ」「唐辛子を送れ」「便箋を送れ」という手紙が日本の肉親に届いているという話が、耳に入り出してきた。
 そんな話がヒソヒソと流れだすのと軌を一にして総聯活動家たちの北朝鮮を語る口が重くなっていった。全体として「帰国事業」がはじまったときのあの高揚した雰囲気はなくなり、沈滞したムードがただよいだしてきた。
 すると総聯は突然、一九六三年五月一日「祖国自由往来」なる運動を提起し、日朝協会をはじめとして、いわゆる「革新勢力」にそれを支持するよう呼びかけてきた。これはどういうことかといえば、冷戦の真最中であり、日韓間で国交樹立のための交渉を精力的に行っているときである。いわば、韓国からみた北朝鮮は、打倒の対象である。在日朝鮮人を北朝鮮に「帰国」を容認することは、「利敵行為」として、李承晩政権は激しく反発した。朴正煕政権とて変わるところはなかった。
 この「祖国自由往来」の運動は、在日朝鮮人を北朝鮮と自由に往来することを日本政府に認めさせる運動なのであるが、この運動には、二つの政治的狙いがあった。一つは、沈滞しだした「帰国事業」の目先をかえる必要があった。もう一つは在日朝鮮人が北朝鮮に自由に往来できないのは「人権侵害」であるとして、日本政府に圧力をかけ、活発に進んでいた日韓会談に圧力を加える、いわば「人道と人権」に名を借りた、日韓交渉妨害のための政治運動であったのである。
 このような運動の渦中にいるとき、私と共産党の間に微妙なズレが生じてきた。外部の人間からみれば実に馬鹿馬鹿しいことであるが、私は、党の地区委員会総会と県委員会総会に代議員として出席、二つの質問をした。前者では、フルシチョフ・ソ連首相は、何故にアルバニアを公然と批判するのか。後者の総会では、ソ連は、キューバの近くまで、ミサイルを運びながら、何故、目的を放棄し、持ち帰ったのか、がそれである。
 前者への答弁は、党中央が何もいっていないのでわからない。後者は、意味不明のものであった。当時の私はきわめて素朴に不思議に思ったから質問しただけである。それ以外の意味はまったくなかった。だが、事態は、まったく別な方向に進んでいった。後でわかるのだが、党中央や中間機関(県委員会など)が言及しないことに質問すること自体が問題であるということがわかってきた。
 親しい県委員などから、個人的に「あんな質問はまずいよ。気をつけろよ」と「注意」をされた。そうこうするうちに「佐藤は問題がある」という話が党内に流れだし、道で会っても顔をそらす党員まででだしてきた。だが、そのときは不快であったが、後で冷静に考えると、私のような質問を自由に許すと、中間幹部たちの力量では党内の統制ができなくなってしまうという事情があったと思う。
 いま一つは、同僚の小島晴則氏が、一九六四年、青年代表の一人として北朝鮮を訪問して帰ってきた。そして、彼が北朝鮮で目撃したこと、感じたことを八ミリをみながら政治的配慮なしの本当の話をきくことができ、いままで北朝鮮に抱えていた多くの疑問が解けだしたことであった。
 貧しいことは恥でもなんでもない。三年間の朝鮮戦争で全土が焼野ヶ原になった。それから六年で「地上の楽園」などできる筈がないということは漠然と思っていたというより、「帰国船」のなかで出てくるマッチなどの消耗品をみたとき、生産力の低さは一ぺんで理解できた。マッチの軸三本のうち一本つけばよい方であった。リンゴなどは、一切改良されておらず野生に近い味がした。
 問題は、そんなことよりも、あの国には一切の「自由がない」ということが小島氏の訪朝で判明したことであった。当時、関係者の間で話題を呼んでいた、帰化した在日朝鮮人が書いた訪朝報告『楽園の夢破れたり』(関貴星著)が「デマとデッチ上げ」でないどころか、真実に近いものらしいということもわかってきた。
 
 
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