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1995年2月号 『正論』
金正日はなぜ主席になれないか
佐藤勝巳
独裁者金日成死亡から五ヵ月、唯一無二の後継者だったはずの金正日は、いまだ主席の座についていない。一体、北朝鮮に何が起きているのか。
◆これはクーデターだ
 これが政変でなくてなんだろう。金正日が金日成の後継者と決って二十一年。金日成が死亡して五ヵ月。しかし、金正日は依然トップに就任できないでいる。今後なれるかどうも定かでない。本誌が読者の手に渡る頃になっても依然として現状に変化がなければ、呉振宇政治局常務委員・人民武力部長の健康問題もからんで、北朝鮮情勢は一挙に流動化に突入する可能性が高い。
 記憶に新しいことであるが、一九九四年七月二十日の金日成追悼集会前後、わが国の「専門家」(と韓国のマスメディアも)の多くは「権力の継承は順調に進んでいる」といい、金正日が朝鮮労働党総書記と国家主席に就任するのは時間の問題だ、と繰り返し発言していた。
 ところがこの予想を裏切り、金正日はどちらにも就任しなかった。すると今度は、八・一五(日本から独立した日)に就任する。八・一五が駄目になると九・九(北朝鮮の建国記念日)だ。九・九が駄目になると一〇・一〇(朝鮮労働党創立記念日)に就任する。それが駄目になると一〇・一六(服喪百日目)だと就任予想時期をどんどん後退させていった。だが、結局実現しなかった。
 そして現在は、金正日がトップに就任しない理由を「後継者になることは決っているのだから急ぐ必要はない」「北朝鮮の国民がいまだ金日成に哀悼の意を表している。国民のそれが薄らぐまで就任を待っているのだ」「国民のなかからトップ就任要請の声が出てくるのをまち、もっとも効果的な時期を狙って登場してくる」「人事・機構改革に手間どっている」などとわけ知り顔に解説している。
 だが彼らの、“無責任”“無定見”をいちがいには笑えない。北朝鮮ほどわけのわからない国はないからである。北朝鮮の下部機関である朝鮮総聯ですらも、しばしば状況を取り違えて右往左往しているのが現状だからだ。
 過去のことは省略するが、一九九四年八月下旬、朝鮮総聯は、東京の全日空ホテルと赤坂プリンスホテルの二ヵ所に、九月中旬か下旬に祝賀会を行う予定であるといって、レセプション会場の予約をした。これは本国から朝鮮総聯に対し、内々に九月九日に金正日のトップ就任の通知があったからであろう。しかし、トップ就任はなかった。日本人「専門家」たちが、「東京が駄目なら名古屋があるさ」(歌謡曲の台詞)式の分析の名に価しない予想をくりかえすのは、仕方のないことかも知れない。
 かくいう筆者も、かつて金日成死亡説(一九八六年)のとき見通しを間違えて大恥を掻いたことがあった。死亡したはずの金日成が出現してきた直後、読売新聞の座談会で慶応大学O教授は、名指しこそしなかったが、予測を間違えた人たちの「研究水準の低さ」を批判していた。
 間違えたのだから何をいわれても仕方がないと甘んじて批判を受け入れると同時に、同じ誤りを二度と繰り返してはならないと心に誓った。その結果を以下記述する。
 
 
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