◆北のミサイルは日米韓分断が狙い
八月三一日の「打ち上げ」当初、北朝鮮は沈黙していたが、その後、日本の非難に対して、九月二日のアジア太平洋委員会声明で「日本はわれわれが長距離ミサイルの発射実験を行ったとして騒いでいる。日本の政治家はその内幕も知らずに、早々とわれわれを中傷している」と反発してみせた。日本が弾道ミサイルと非難するのを予期した上で、後で人工衛星の打ち上げと発表することを、当初から計画していたのではないか。確かにその方が政治的な揺さぶり効果は大きいだろう。
他方、北朝鮮は対米交渉の再開に当たっては核開発の再開を示唆していた。四月からは使用済み核燃料の封印作業は中断し、寧辺の北方では大規模な地下工事が行われていることも問題になっていた。このような状況下で米国に人工衛星打ち上げ可能なミサイルの存在を見せつけることには、大きな外交的な効果がある。なぜならば、核兵器と弾道ミサイルの結合を阻止するためには、どうしてもジュネーブの「合意枠組み」を維持しなければならないからである。しかし、それと同時に北朝鮮は実際の交渉では、一括妥結の要求を掲げていた。米国が応じれば、核開発の凍結を再確認し、地下工場の査察も認め、連絡事務所も開設、四者会談にも応じる姿勢をとっている。
北朝鮮は米、韓、日の三者と同時に対決することはしない。日本と対決すれば、米国、あるいは韓国との関係を緊密化させようとする。それがこれまでの外交戦術である。
今回のミサイルの実験に対して日本はKEDOの調印を延期し、チャーター便の運航を停止するなどの対抗措置をとった。日本の上空を予告なしに弾道ミサイルが通過したのだから、それは当然の対抗措置である。しかし、北朝鮮は対米交渉を妥結させることによってこれに対抗しようとしているのではないか。米韓両国が北朝鮮との関係改善に向かう時に、日本が現在のような強硬姿勢を取り続けることができるだろうか。ミサイル実験は日米韓の分断に巧みに利用されている。
しかし、北の華々しい軍事外交の効果は決して長続きしない。九月九日の記念式典が終われば、外交的成果も短い「息抜き」以上のものでないことに気づくのではないか。軍事と外交の一体化によっても、経済の再建、食糧危機の打開はできない。そのためには、国交正常化に伴う日本の賠償的な性格を持った経済協力が必要になる。北朝鮮の現在の対日姿勢は、最終的な態度ではなく、揺さぶりであり、何とか国交正常化交渉を再開したいという「悲鳴」のようにも聞こえる。
日本としては当然、現在程度の対抗措置は取らざるを得ないだろう。しかし、その際にも外交と軍事のバランスに十分配慮しなければならない。安全保障の観点から偵察衛星や戦域ミサイル防衛(TMD)の必要性を議論し、米国との間で共同研究や協議を進めることも重要だが、同時に北朝鮮との関係を極端に悪化させたままでよいということではない。
(談話を基に編集、九月九日)
著者プロフィール
小此木 政夫 (おこのぎ まさお)
1945年生まれ。
慶應義塾大学大学院博士課程修了。
韓国・延世大学校留学、米国・ハワイ大学、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現在、慶應義塾大学教授。
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