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◆慢性化する食糧不足が水害で危機的状況に
 しかし、一周忌行事の終了直後、七月七日から一五日、七月二六日から八月一二日、さらに八月一七日から二〇日の三回にわたって、記録的な集中豪雨が北朝鮮各地を襲い、農作物、医療・教育施設、貯水池、人家などに多大の被害をもたらした。北朝鮮の関係者はとりわけ三回目の豪雨の被害が大きかったと指摘している。これらの水害がすでに表面化していた食糧問題をさらに深刻化させ、金正日書記の国家主席への就任(九月九日)の可能性も流してしまったのだろう。労働党総書記への就任はともかく、金正日書記の国家主席への就任は大幅にずれ込まざるを得なくなった。
 率直に言って現在、金正日書記が直面している最大の危機は、政治体制の危機、すなわち国内の権力闘争ではない。カルト的な宗教集団を想像させるほどの、特異な一元的政治体制は、われわれが通常考えるよりもはるかに強靱であり、それ故にこそ、国際的な孤立化、経済的な難局、南北格差の拡大、金日成主席の死去など、さまざまな困難の中で、北朝鮮国家が生き残ってきたのである。緊急問題として浮上しているのは、むしろ食糧危機であり、それが政治体制、経済体制、対外関係などに与える影響なのである。
 北朝鮮は水害による財政的な損失を一五〇億ドルと推定し、農作物の被害を損失一〇五万トン、被害一九〇万トンと算出している。それがどれだけ実情を伝えているかは不明だが、国連人道援助局(DHA)の初期査定報告が当面の援助対象である家屋を失った被災民を約五〇万人と推定し、約一五〇〇万ドルの緊急援助を要請していることからみて、相当に大きな被害であることは間違いない。来春の端境期までに適切な救済手段が施されなければ、文字通り危機的な状況が出現するだろう。コメ騒動的な住民の暴動が発生すれば、それが政治体制の不安定化を招来しないはずはない。
 すでに実施された日韓両国からの合計四五万トンの緊急コメ援助にみられるように、北朝鮮の食糧問題はすでに相当に深刻化していた。今回の水害は、それに「追い打ち」をかけたのである。天候不順、灌漑施設の不備、化学肥料・農薬の不足、土質の酸性化、病虫害、集団化による勤労意欲の委縮など、さまざまな理由があろうが、食糧事情がこれほどまでに悪化したのは、一九九三年の冷夏以来である。この年、北朝鮮の穀物生産(その約三分の一がコメ)は四〇〇万トンを切ったとみられている。
 しかし、より長期的にみれば、冷戦が終結する一九八〇年代末まで、北朝鮮の穀物生産は約五五〇万トンの水準を維持していた。六〇〇〜六五〇万トンと推定される穀物需要には足りなかったものの、コメを輸出して小麦やトウモロコシを輸入するなどのやりくりが不可能ではなかったし、外貨事情も現在ほど深刻ではなかった。生産が低迷し始めたのは一九九〇年以後のことであり、それ以来、一度も五〇〇万トンの水準を回復していない。従って、北朝鮮の困難な食糧事情は慢性化しつつあるのである。
 
 
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