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◆「北」への対応は交渉と制裁のダブルトラックで
 三月一二日のNPT脱退以後、北朝鮮政府は外部世界にいくつかのメッセージを発しているが、そのうちでも重要なのは、(1)集団的な制裁措置には屈しない、(2)アメリカとの直接交渉が不可欠である、(3)韓国は民族的立場を優先すべきである、(4)中国は信頼できない―などであろう。とりわけ熱心に主張しているのは米朝直接交渉であり、その他の三点はそれに従属しているとみてよい。前述したように、北朝鮮はただ単に自らの要求が貫徹されるだけでなく、それがアメリカとの直接交渉によって達成されることを必要としているのである。
 他方、昨年八月の韓国との国交樹立以来、中国の北朝鮮に対する影響力は明らかに低下している。今回のNPT脱退についても、北朝鮮は中国に事前に通告しなかったようである。そのことは三月初めに予定されていた金正日書記の中国訪問の中止と無関係ではないだろう。また、韓国の国連加盟に拒否権を行使しなかった中国が、日米韓三国の要求を払いのけて、国連安保理の北朝鮮制裁に拒否権を行使するはずはない。したがって、中国の北朝鮮に対する影響力が回復されるのは、実際に経済制裁が実施される段階になってからのことである。
 しかし、北朝鮮のNPT脱退の狙いが定かでない以上、われわれの対応も単純ではあり得ない。北朝鮮指導部が「正面突破」を狙っているのであれば、米朝直接交渉を含む何らかの代償を与えてNPTへの復帰を実現することは不可能である。しかし、彼らが「条件闘争」を企図しているのであれば、あまり強硬に対応することは賢明でない。したがって、交渉と制裁のダブルトラックで対応するしかないのである。事前のNPT復帰なしに、アメリカが北朝鮮との実質的な交渉に踏み込むことはあり得ないが、米朝高級接触によって事態が打開されるのであれば、それが最善である。
 しかも、振り返ってみれば、わが方も手詰まりである。掛け声こそ勇ましいが、北朝鮮原子力施設への軍事制裁は第二次朝鮮戦争や韓国原子力施設への報復の危険性を伴うものである。必ずそうなるわけではないが、そうならないという希望的観測に基づいて政策を決定することはできない。北朝鮮の指導者は「もし寧辺の原子力施設が攻撃されれば、われわれはソウルに向けて進攻する」と再三言明しているのである。また、アメリカが要求しても、韓国政府がそれに同意するとは思えない。自らの国土を戦場にしたくないからである。
 他方、経済制裁は中途半端にならざるを得ないだろう。中国の協力が得られ、北朝鮮への原油の供給が停止されれば、その影響は深刻である。しかし、経済制裁が効果的であればあるほど、それは軍事制裁と同じ結果を招来する。体制崩壊の理由が軍事的なものであれ、経済的なものであれ、北朝鮮の指導者にとっては同じことだからである。また、たとえ戦争が回避されても、北朝鮮経済の崩壊は別の大きな混乱をもたらすだろう。したがって、最悪の場合には、低いレベルの経済制裁を実施し、中国を巻き込みながら、それを段階的に拡大していくしか方法がないのである。
 しかし、軍事制裁を回避する以上、経済制裁が長期化し、その間に北朝鮮が核兵器を保有する可能性を甘受しなければならないだろう。「国破れて、核兵器が残る」可能性は排除できないのである。そして、その場合には、日本も独自の安全保障政策を模索せざるを得ない。ただし、それまでの間、北朝鮮のNPT復帰を前提条件としたうえで、北朝鮮にアメを与えることをためらう必要はない。核兵器開発の放棄が確認されれば、米朝国交交渉が開始されてもよいのである。「北朝鮮の崩壊」を回避し、長期的な「南北共存」を追求するのであれば、それが論理的である。
著者プロフィール
小此木 政夫 (おこのぎ まさお)
1945年生まれ。
慶應義塾大学大学院博士課程修了。
韓国・延世大学校留学、米国・ハワイ大学、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現在、慶應義塾大学教授。
 
 
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