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◆NPT脱退は政治的な条件闘争の可能性も
 しかし、それにもかかわらず、今回のNPT脱退を北朝鮮による「正面突破」作戦と即断すべきではない。そもそも、核兵器開発の進捗状況に関する確実な情報が依然として獲得されていないのである。一九八六年から稼働し始めた小型原子炉から一、二発の核爆弾を製造するのに必要な使用済み核燃料が調達されたとしても、核兵器製造のためのプルトニウム抽出が完了し、その兵器化が間近に迫っているという主張が正しいかどうかは明らかでない。それを確認するために、IAEA(国際原子力機関)は特別査察を要求したのである。
 事実、北朝鮮の原子力施設を査察したIAEAの専門家チームは、その技術水準に懐疑的であった。そのために、三回の特定査察が終了した昨年九月、グレッグ駐韓米大使は「IAEAによる査察によって、北朝鮮の核開発はわれわれが恐れていたほど進んでいないことが明らかになった。イラクはわれわれが考えたより核開発が進んでいた。北朝鮮も同じケースかと思われたが、事実はそうではなかった」と言明したほどである。それ以後、北朝鮮がNPT脱退を宣言するまでに、新しい情報が得られたわけではない。
 もちろん、これと対立する見解もある。最近ではウールジーCIA長官が「北朝鮮が核兵器を少なくとも一個造るのに十分な核分裂物質を生産できる能力をすでに持っているかもしれない」と言明した。しかし、これも可能性に関する指摘にすぎない。可能性の議論以外に、核兵器の完成が間近であるとか、すでに完成したというのは、多分に北朝鮮のNPT脱退から逆算した「あと知恵」なのである。繰り返しになるが、その可能性はあるが、そうでない可能性もある。しかし、もし核兵器の完成にさらに一、二年の期間が必要であるのならば、北朝鮮のNPT脱退が「正面突破」作戦である可能性は大幅に低下するだろう。
 それとは別に、北朝鮮のNPT脱退には「政治的な示威」(デモンストレーション)ないし「限定的な反撃」の色彩が濃厚に漂っている。そもそも、国連安保理事会へのNPT脱退通知には、「アメリカの核の脅威とIAEAの不当な行為が取り除かれたと認められるまで」という条件が付されている。言い換えれば、それらの条件が満たされれば、北朝鮮はNPTに復帰すると声明しているのである。したがって、それは限定的な目標を達成するための条件闘争であるかもしれない。
 そのうえ、三月一二日の政府声明に掲げられた北朝鮮の要求はそれほど過大なものではない。その第一は在韓米軍の核兵器が本当に撤去されたかどうかの査察であり、第二はチームスピリット演習の永久的な中止であり、そして第三は寧辺の二カ所の「核廃棄物処理・貯蔵所」に対する特別査察の撤回である。これらはいずれも米韓両国やIAEAにとって受け入れがたい要求ではあるが、核兵器の先制不使用宣言を含めて、実行不可能なものではない。特別査察の撤回についても、IAEAはそれ以外の名称で実施する用意があることを示唆している。
 
 
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