◆対日国交優先の方針
さて、その日朝交渉であるが、北京での第三回交渉において、日本側は、(1)国際原子力機関(IAEA)による北朝鮮原子力施設の査察、(2)南北首相会談の早期再開、(3)南北朝鮮の国連同時加盟―を強く要求し、それらを交渉進展のための事実上の前提条件として提示した。また、最近、警察庁によって身元が確認された、大韓航空機爆破事件の犯人金賢姫の日本語教育係である「李恩恵」(リ・ウネ)の消息確認を北朝鮮側に要求した。
これに対して、北朝鮮側は国交正常化をめぐる「基本問題」をその他の議題と切り離して優先的に討議し、ある程度の合意が得られれば、そこで国交を樹立し、その後、経済問題、国際問題、その他の問題を引き続き協議し、順次解決していくという方式を提案し、それに固執した。また、そのような観点から、「基本問題」と関連して、北朝鮮政府の管轄権について、それが休戦ラインの南側には及ばないとする日本側の立場に若干の歩み寄りをみせたとされる。
これを要するに、北朝鮮側は四つの議題の並行的な討議を回避し、それによって、国交樹立を最優先するとの方針を提示したのである。その意味で想起されるのは、交渉担当者である金容淳書記はもとより、金日成主席が一貫して交渉の前途について楽観的な見通しを語っていたことである。
第三回日朝会談が「物別れ」に終わった後も、金日成は「日朝間にどんな難関があっても・・・三党共同宣言で約束した通り、良好に推進できると確信している」との見解を表明している。
これまで「基本問題」(国交樹立)と「経済問題」(「償い」)の解決は不可分であると主張してきたことからみて、恐らく北朝鮮側は「経済問題」については、外務当局間の交渉よりは、国交樹立後の政治家間の折衝に期待をかけることにしたのだろう。しかし李恩恵の問題では、日本側の単純な「身元照会」に対して、北朝鮮側は必要以上に激しく反発した。それによって、交渉を意図的に中断したと解釈できなくもない。
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