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◆北朝鮮の論理と韓国にとっての脅威
 北朝鮮の論理はこういうことであろう。七〇年代、八〇年代には、北朝鮮がいくら交渉を呼びかけてもアメリカは見向きもしなかった。ところが九〇年代に入り、自分たちが核開発をしていることがわかったとたんにアメリカは交渉に応じ、「合意枠組み」いわゆる「ジュネーブ合意」を獲得することができた。アメリカ西海岸に届くミサイルを開発すればもっと大きな合意が得られるに違いない――。
 そこにいま行われている米朝のミサイル交渉の重要性があるわけである。
 だが、私はミサイル交渉は今回の「地下核施設」をめぐる交渉以上に難しい交渉だと見ている。第一に、金倉里の「地下核施設」には「合意枠組み」という戻るべき土台が存在し、それを再確認すればよかった。しかしミサイル交渉はゼロからの出発であり、これから枠組みについて合意しなければならないのである。
 第二に、北朝鮮はミサイルの輸出については「補償してくれれば止める」、つまりカネで解決できる問題(要求は「年間一〇億ドル三年継続」という膨大な額だが)だとしているが、ミサイル開発は「国家主権の問題である」とし、ミサイルの開発を止めよと言うなら、アメリカの軍事的脅威が除去されなければならないと主張している。
 この場合、軍事的脅威の除去とは、米朝間の「平和協定」締結を意味するわけであり、要するにテポドンを交渉の武器にして平和協定を獲得したい、ということなのである。カネでけりがつくという交渉ではないところにミサイル交渉が難しいもう一つの理由があるわけである。
 第三に、北朝鮮にとって、核交渉が対米交渉の一枚目の切り札だとすれば、ミサイル交渉は二枚目の、そして最後の切り札である。北朝鮮の指導部は、ここで平和協定や国交正常化を獲得し、局面を転換しないかぎり、二度とチャンスは到来しないと思い詰めていることだろう。
 さらに、この問題の解決を困難にしているのが、「日米韓の協調」が強調されながら、それがそう簡単ではないことである。つまり三ヵ国には「ローカル(=韓国)」、「リージョナル(=日本)」、「グローバル(=アメリカ)」という三つのレベルの違いがある。
 たとえば韓国にとっての最重要事は、ともかく危機的状況をつくらないことにある。韓国はいま外資の導入によって経済危機を切り抜けようとしているが、軍事的な緊張が高まれば、それだけで外資は逃げていく。あるいは国内資本の逃避まで始まる恐れがある。そうなれば金融危機が再発し、韓国経済が破綻する。つまり韓国にとってはアメリカが軍事制裁の脅しをかけること自体がすでに十分な脅威なのである。
 一方、韓国人は本音のところでは、核やミサイルは自分たちにはあまり関係のない問題だと思っている。「いくら金正日でも同じ民族である韓国人に対して核を使用するはずはない。核によって南を解放したとしても、朝鮮史に残る大悪人になる」―韓国人にとってはノドンやテポドンは頭上を越えていく兵器であり、むしろ非武装地帯の北側に配備され、ソウルを射程にとらえた長距離砲のほうが大きな脅威なのである。
 金大中大統領がイニシアティブをとった「包括的なアプローチ」、つまり北朝鮮はミサイル開発を止め、核凍結を維持するが、それと同時に日米も北朝鮮との関係を正常化する、という考え方も、危機回避を最優先する「太陽政策」の延長線上にあるものにほかならない。
 しかし、この五月末に北朝鮮を訪問したペリー元国防長官が北朝鮮に示した提案は、金大中大統領の言う「包括的なアプローチ」そのものではなく、ミサイルの開発中止が先行条件になっていた。北朝鮮がまず核やミサイルの開発をやめないかぎり、アメリカ議会が米朝国交正常化を認めるはずがないからである。
 それに対し、先日北朝鮮は否定的な反応をしたが、それは「われわれは一貫した原則的な立場を説明した」というペリー訪朝当時の北朝鮮側の報道からも容易に想像されたことである。北朝鮮にとっては「平和協定」を締結することが先行条件で、それが満たされれば開発を止める用意があるということなのである。
 つまり、互いに相手が先に実行すれば自分たちも応じる用意があると言っているわけで、「包括的なアプローチ」といっても、金大中大統領の主張する一括パッケージではない。となると、ミサイル交渉は相当に困難な交渉になることが予想され、そこからテポドンの二発目の可能性という問題が出てくる。
 私はその可能性は五分五分だと見ているが、米国議会からの圧力にもかかわらず、北朝鮮が是が非でも平和協定を獲得したいということであれば、来年春、金正日総書記が九三年三月のNPT(核拡散防止条約)脱退のような大胆な政策をとることも考えられないでもない。
 また、それ以前に、北朝鮮のミサイル問題が来年の米国大統領選挙の争点の一つになり、クリントン政権が「包括的なアプローチ」を維持できなくなるかもしれない。そうなると、二〇〇〇年春から夏にかけて、朝鮮半島に「ミサイル危機」が発生する。
 
 
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