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産経新聞朝刊 2002年9月18日
主張 日朝首脳会談 酷い、あまりにも酷い 「正常化交渉」前に真相究明を
 
 あまりにも酷(むご)い結末に日本が慟哭(どうこく)した日として、平成十四年九月十七日は記憶されるであろう。
 小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記の首脳会談で、拉致被害者五人の生存と八人の死亡が確認された。金総書記が初めて拉致の事実を認め、謝罪したとはいえ、被害者の無事を祈っていた肉親には、残酷きわまりない報であった。日本国民は北朝鮮の国家的犯罪に対し、改めて怒りと悲しみを共有し、さらに真相究明を求めていかなければならない。
 ◆死亡の経緯を詳しく
 金総書記が明らかにしたのは、日本政府が北朝鮮工作員らに拉致されたと認定した八件十一人のうち、蓮池薫さんら四人が生きているものの、横田めぐみさんら六人はすでに死亡し、久米裕さんは入国が確認できないという結果だった。十一人以外で、元日大生ら男性二人の死亡と一人の生存も明らかにされた。
 金総書記は謝罪発言の中で、「わが国の特殊機関の中に妄動主義や英雄主義があり、日本語習得と韓国への侵入のためだった」と拉致の目的を述べ、責任者を処罰したとしている。独裁者が自国の非を認めたことは一定の前進だろうが、この程度では到底、納得できるものではない。
 首脳会談では、この回答を拉致問題の進展とみて、国交正常化交渉を十月に再開することで合意したが、その前に、生存が確認された五人の帰国実現はもちろんのこと、金総書記自身が拉致に関する自らの責任も含め、八人が死亡した経緯などを詳しく説明する必要がある。殺害や処刑がなかったと言い切れるのか。
 金総書記の回答を引き出した小泉首相の決断と努力は、これまでの日本の政治家にはなかった。拉致事件の進展なくして国交正常化交渉に入らないという首相の不退転の決意と毅然とした外交姿勢が、かたくなだった北朝鮮を動かした。
 これまでの日朝交渉で、北朝鮮は拉致の存在すら認めず、被害者の調査を求めただけで退席したり、「行方不明者の調査」を一方的に打ち切ったりして、日本側を愚弄し続けた。日本はコメ支援だけをさせられ、拉致事件は何も進展しなかった。日本政府が早くから、毅然とした外交を展開しておれば、と悔やまれる。「国益」を軽んじ、被害者を顧みなかった一部政治家と外務省の不見識は、厳しく責められねばならない。
 今後の国交正常化交渉で、拉致事件以外の日朝間の懸案事項は大きく分けて、不審船や核査察、ミサイル発射凍結など安全保障上の問題と、日本が朝鮮半島を統治した時代の「過去の清算」問題の二つがある。
 ◆安全保障問題も急務
 安全保障上の問題は、直接、日本国民の安全にかかわる問題であり、日米同盟とも絡む。とりわけ、不審船が北朝鮮の工作船であることが明らかになったいま、北朝鮮の謝罪を求める必要がある。
 一方、過去の清算について、北朝鮮は日本が朝鮮半島を統治した時代の謝罪と補償を求めているが、韓国との交渉も、有償・無償合わせて五億ドルの経済協力を約束した基本条約締結まで十四年かかっている。北朝鮮とも、歴史認識の問題も含めて、拙速は厳に慎む必要がある。
 今回の首脳会談が実現した背景には、北朝鮮をイラク、イランと並ぶ「悪の枢軸」としたブッシュ米大統領の今年一月の一般教書演説があった。日本政府は一年前から水面下で首脳会談の準備を進めていたことを強調するが、それだけで北朝鮮が歩み寄ってきたとは思えない。
 多くの国民は、ここまで非人間的な国家との国交正常化を前提としていたような日朝平壌宣言に納得しがたい思いを抱き、国交正常化交渉の再開そのものも手放しでは喜べないのではないだろうか。とりわけ小泉首相の記者会見と平壌宣言の間には、表現に大きな落差がある。この点も注視する必要があるだろう。
 
 
 
 
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