産経新聞朝刊 2000年11月10日
社説検証 拉致問題と日朝関係 解説 首相発言で日経「転換」
七月下旬にバンコクで開かれた初の日朝外相会談に続いて、八月下旬に東京と千葉県木更津市で第十回日朝国交正常化交渉、十月末には北京で十一回目の交渉が行われたが、いずれも大きな進展はなかった。この間、日朝国交正常化を急ぐべきか、拉致疑惑の解決を優先させるべきか、各紙はさまざまな社説を掲載した。
朝日は、拉致問題などは揺るがせにはできない、としながらも、固有の問題にとらわれると大局を誤る、というスタンスに立った。「バスに乗り遅れるな」論を戒める主張に対して、「ともにバスを動かそう」として、日朝交渉の進展を促した。
これに対し、毎日は「拉致疑惑解決は外せない」、読売は「原則を踏まえた交渉が大切だ」などとして、いずれも拉致疑惑の解決なくして交渉の進展はあり得ない、とする立場に立った。「バスに乗り遅れてもいい」とする論といえる。日経も「離散家族再会の熱意を拉致疑惑にも」などと、拉致疑惑の解明を訴えた。産経は、「拉致犯の無条件送還は困る」「テロ犯引き渡しに抗議する」と主張し、「バスに乗るのは最後になってもいい」とした。
第十一回交渉を控えた十月下旬、森喜朗首相が日英首脳会談で拉致疑惑について「かつて、第三国で発見されるという方法もあると北朝鮮にもちかけた」と話したことが明るみに出た。
朝日は、首相発言によって「日朝間で柔軟に妥協点を探る可能性が遠のいた」とした。毎日は「開いた口がふさがらない」、読売も「不見識を深く憂える」と首相の姿勢をただした。産経は、森首相に説明責任を求める一方、真に追及すべき相手は北朝鮮であることを強調した。
この段階で注目すべきは日経である。十月二十六日付で首相発言が党首討論の焦点となったことを取り上げ、「政争絡めれば遠のく拉致疑惑の解決」と主張した。首相発言の何が問題なのか、論点を整理したうえで、「主権侵害をあいまいにしたとの批判の妥当性」について、「日本人拉致で問題にすべきは、主権侵害以前に日本の刑法違反である」とした。
さらに拉致問題の解決には、主権侵害を声高に叫ぶよりも、先進国共通の課題であるテロ、人道問題として扱い、日米韓の連携を深める方が効果的−と主張。「拉致問題と絡める手法は、問題解決を遅らせる」とも強調した。
五日前の二十一日付では、日本はあくまでも日本の立場を貫くべきだとし、「拉致疑惑の解明なしに、国交を正常化させるべきではない」と明快だったのだが、主張の転換がうかがえる。二十六日付の一面コラム「春秋」では、「『拉致疑惑でどの程度の証拠を持っているのかで、外交交渉の仕方が変わってくる』とただした共産党・不破哲三委員長の追及は説得力があった」としており、これも社説と軌を一にしているものとみられる。
一方、米紙ニューヨーク・タイムズはクリントン大統領訪朝の前提条件として、日本人拉致疑惑の解決を取り上げた。韓国紙・朝鮮日報は南北和平ムード礼賛が韓国メディアの大勢となっているなか、韓国人の拉致事件を忘れるべきではないと主張した。
拉致疑惑をめぐる内外メディアの主張と、その変化を今後も注目していきたい。(石川水穂)
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