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産経新聞朝刊 2000年9月1日
主張 拉致事件 テロ犯引き渡しに抗議する
 
 日本人拉致(らち)事件の犯人の一人である北朝鮮工作員、辛光洙・元服役囚(七一)があす、韓国から北朝鮮に送り返される。南北首脳会談の合意により、韓国で逮捕、服役した北朝鮮の元スパイや武装ゲリラなど六十三人の元長期囚が北朝鮮に送還されることになったが、その中に辛・元服役囚も含まれているというわけだ。
 辛・元服役囚は一九八〇年に大阪の中華料理店従業員をひそかに北朝鮮に拉致したことが、韓国当局の調べなどで確認されている。その後、その日本人男性になりすまし、日本や韓国を往来しながら工作員活動を続けていた。外国人拉致にかかわった明白な「テロ犯」である。
 北朝鮮工作員が日本人になりすましスパイやテロ活動をするというのは、世界に衝撃を与えた八七年の大韓航空機爆破テロ事件もそうだった。犯人の金賢姫・元死刑囚は日本女性「蜂谷真由美」をかたり、日本の偽造旅券を持って大韓航空機に乗り込んでいる。
 北朝鮮はこれまで、工作活動がやりやすい日本社会のスキをついて、日本を韓国に対する破壊工作の拠点として最大限利用してきた。韓国で捕まった北朝鮮のスパイや工作員の多くは日本から潜入している。辛・元服役囚もその一人だった。
 ところで北朝鮮は最近、米国に対し「テロ国家指定」を解除するように強く要求している。この解除がない限り、国際金融機関からの融資など北朝鮮に対する経済支援が難しいからだ。そのため、対北支援拡大を考えている韓国政府もこの問題で米国に対し善処を要請しているといわれる。
 しかし米国政府は、北朝鮮が今なおかくまっている日航機「よど号」ハイジャック事件のテロ犯である元赤軍派メンバーの国外追放を「テロ国家指定」解除の条件の一つにしている。
 ところが今回、韓国政府は「テロ犯」をあらたに北朝鮮に送り返そうとしている。北朝鮮は辛・元服役囚をはじめ筋金入りの元工作員やゲリラ出身者など非転向の彼らを「英雄」として大々的に歓迎している。
 これでは北朝鮮は逆に、依然として「テロ国家」であることを自ら内外に誇示しているのも同然で、韓国政府もそれを手伝っていることになる。しかも北朝鮮当局は八五年、辛・元服役囚が韓国当局にスパイ容疑で逮捕された時、「われわれとは何の関係もない人物」と公言している。それを今、「不屈の革命闘士」として受け入れるというのだから、あらためて「テロ国家」を自認したことになる。「テロ国家指定」解除どころではない。
 
 
 
 
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