産経新聞朝刊 1991年5月16日
李恩恵は埼玉出身
金賢姫元死刑囚の日本人教育係 35歳、2児の母親
一九八七年十一月に起きた大韓航空機事件で、犯人の金賢姫=キム・ヒョンヒ=元死刑囚(二九)の日本人教育係をつとめたとされる日本人女性「李恩恵」(リ・ウンへ)の身元割り出しを進めている警察庁など公安当局は十五日、恩恵とみられる女性は、昭和五十三年に二児を残したまま失跡している埼玉県出身のA子さん(三五)とほぼ特定し、発表した。A子さんの経歴や身体的特徴、家族の証言が金元死刑囚の供述とぴったり一致するうえ、同庁の漆間巌外事一課長が同日午前、金元死刑囚に直接会って写真などで確認した。A子さんには、失跡の理由が見当たらないうえ、思想的な背景もないことから、ら致さらた可能性が強いとみている。=社会面に関連記事
53年失跡 ら致の可能性強い
警察庁の発表によると、A子さんは埼玉県出身。同県内の公立高校を中退後、結婚して一男一女をもうけたが、その後事実上離婚。託児所に二人の子供を預けて豊島区内のキャバレーに「ちとせ」という源氏名で勤めていた。
ところが、昭和五十三年六月ごろ、自宅から勤め先に向かう途中、失跡し、家族から埼玉県警に捜索願が出ていた。
同庁では、こうした経歴が金元死刑囚の供述と酷似するほか、母親が新潟・佐渡島出身で調理師の免許を持っており、失跡当時、六十歳代後半であることや、身体的特徴や話し方、家族関係が極めて似ていることから、A子さんが「恩恵」の可能性が極めて高いと判断した。
このため十四日に漆間外事一課長らが渡韓して十五日午前、金元死刑囚と二時間に渡って面会。その際、持参した十六枚の写真を示したところ、A子さんの写真を的確に示したことなどから、A子さんとほぼ確認した。
A子さんは、埼玉県警が「恩恵」捜しのためリストアップした失跡女性五十九人の中にあったが、家族が「名乗り出ると子供が騒ぎに巻き込まれると思い」否定したため、対象からはずされた。
しかし、今年三月になって「よく似ている」という情報が寄せられ、家族を説得した結果、一転して認めたという。
同庁では、A子さんは失跡当時(1)小さな子供を残して蒸発する理由がない(2)家財道具がそのまま残されでいる(3)思想的背景がない―などに加え、この日の金元死刑囚との面会で、連れて来られる際、「船酔いのほか、食べ物もなく辛かった、と言っていた」という証言も得ており、失跡はA子さんの意思ではなく、ら致されたものとの見方をますます強め、失跡当時の状況を知人らから聴取するなど捜査を急いでいる。
日朝関係に影響か
【ソウル十五日=黒田勝弘】韓国の情報機関、国家安全企画部の当局者は十五日夜、日本の警察が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)にら致されたといわれる「李恩恵」の身元を確認したことについて記者会見で「日本と北朝鮮関係に深刻な影響を与えることになろう」と語った。
同当局者は「この結果を北朝鮮が否定すれば日本警察の信頼度を否定することになり、肯定すれば身柄の返還問題などがでてくる」と述べた。
北朝鮮に確認依頼へ
李恩恵(リ・ウンヘ)の身元が判明したことについて外務省は十五日、日朝交渉などを通じて北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)側に消息の確認を要求することを決めた。
外務省は李の身元が確認されたことで金賢姫・元死刑囚の証言が裏づけられたとみており、できるだけ早く北朝鮮に照会。その結果本人が確認され帰国の意思があれば北朝鮮に身柄の引き渡しを要求する方針だ。
ただ、北朝鮮との間には国交がないため、実際には二十、二十一の両日北京で開催される第三回日朝国交正常化交渉などを通じて問い合わせることになるが、テロ事件そのものを韓国のでっちあげとする北朝鮮が照会に応じる可能性はほとんどないとの見方が支配的。現に北朝鮮から手紙をよこしたまま消息不明となっている日本人三青年についても北朝鮮は謀略、でっちあげとの立場から取り合っていないのが現実だ。
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