産経新聞朝刊 1988年1月16日
主張
憎むべき「北」の国家テロ
大韓航空(KAL)機事件についての十五日の韓国政府の発表は、西側を十分に納得させる充実した内容であったばかりでなく、東側にも反論の余地がないほど完ぺきなものであった。とくに一カ月前、事件に関与した疑いが濃厚でありながら、頑強な黙秘戦術などにあって大韓機との貝体的なかかわりを明らかにできないままバーレーンから韓国に移送した「蜂谷真由美」こと金賢姫=キム・ヒョンヒ=を内外記者団の前で、記者に自由な質間をさせた手法は、とかく北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との関係ではなにを発表しても国際的に色目でみられがちの韓国政府としては思い切った手段であったと推察する。結果的にはこれが非常に良かったと思う。
ともかくこの発表で多くのナゾに包まれていた大韓機事件は「北」の、しかもナンバー2である金正日書記の直接命令によるソウル・オリンピック妨害のための機体爆破事件であることがはっきりした。出稼ぎの労働者が多いといわれる乗客と乗員計百十五人は、こうした非人間的な国家テロの無差別攻撃の犠牲となったわけで、わたしたちは改めて犠牲者および遺族に哀悼の意を表するとともに、テロを計画、キム・ヒョンヒらに実行を命じた首謀者に限りない怒りを表明する。
また同時に、韓国政府が国連などに北朝鮮非難の決議を求める意向を示しているが、わが国としても偽造旅券を使われたり、その旅券や日本人になりすます小道具の調達が日本国内で行われた疑いがあるからには無関係とはいえず、日本政府も韓国政府と協力して国連に働きかけるなど、国家テロに対しきびしい対応をしなくてはならないと思う。
大韓機事件が発生し「北」の関与が疑われた時、思い浮かべたのは一九八三年十月のビルマ・ラングーン事件であった。ビルマを訪問中の金斗煥・韓国大統領一行を狙った爆弾テロで、大統領は辛うじて無事だったが、四閣僚を含む十七人の韓国要人が殺された。
この事件はビルマ政府の調べで「北」の工作員が実行した国家テロとわかったが、その後の「北」からの情報によれば、背景には国内での二つの勢力の対立がある。ソ連や中国との良好な関係を重視し、金日成国家主席の息子の金正日書記を後継者として両大国に認めさせようとする、金日成主席や実利的、良識的テクノクラートなどの「改革派」と、「大国の言うなりになってはならぬ。われわれの流儀でやる」との国際世論や常識を無視する激越な論文を発表した金正日書記とその取り巻きのイデオロギー的な新実権派グループの「保守派」の対立がそれである。
ラングーン事件では金正日書記が父親の金日成主席からひどく叱られたという話も伝わっているが、その後の金正日書記の言動から推すと考え方はまったく改まっておらず、大韓機事件が発生した時、日本の公安当局者が「またやった」と直感したという。
キム・ヒョンヒの自供はこの直感を裏付けたもので、ソ・中両国が容易に金正日書記の後継を認めない(と伝えられている)ことへのあせりなどが背景にあるかも知れない。
今後予想されるのは、金正日一派のソウル・オリンピックヘのさらにエスカレートした妨害工作だが、日・韓両国は協力して国家テロの入り込む余地のない防波堤を築かねばならないだろう。
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