産経新聞朝刊 1988年1月16日
サンケイ抄
「蜂谷真由美」ならぬ金賢姫=キム・ヒョンヒ自らが、テレビカメラの前で“真実”を語りだすとは予想しなかった。大韓機事件の発表の演出は、世界を驚かすに十分な迫力をみせたといえる▼ぽつぽつと語るキム・ヒョンヒは伏し目がちだったけれど、移送された時の夢遊病者のような表情とは違う。むしろツキものが落ちたようなさっぱりした気配さえうかがえた。この衝撃的な会見を、「強要された供述」や「偽りの自白」ととるものはいないだろう▼改めて見ればなかなかの東洋的美人だが、「これまで受けた教育と現実の差を知り、だまされてきたことがわかった」「真実を明らかにしなければならないと思った」という苦悩の吐露の痛々しさ。若い人たちをゆがめてゆく思想教育の恐ろしさを思わずにいられない▼チャーチルがソ連を評して「なぞに包まれたなぞの国」と言ったことがある。北朝鮮という国は、八三年にもラングーン爆弾テロで世界を驚かせた。また七六年に韓国の映画人・申相玉夫妻が誘拐された事件も、金正日書記の指示によるという手記が世に出ようとしている▼今度の大韓機爆破は、その金書記直筆の指令書によって企てられたという。彼女の供述通りなら、北朝鮮という国は「社会主義の皮をかぶったテロリズム国家」「狂犬のような“次期?首領さま”の国」というしかあるまい▼北はソウル五輪へのテロや妨害をさらに増幅させる気だとすれば、国際的圧力や監視を一段と強くするしかないと思うが・・・。これまで北朝鮮が“平和の楽園”のような礼賛ルポや追従訪問記を書いてきた友好人士諸氏に、いい知恵をうかがいたい。
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