読売新聞朝刊 2000年10月7日
社説 コメ支援 不可解な1200億円もの負担
政府が北朝鮮に対する五十万トンのコメ支援を決定した。費用は約千二百億円に上る。量、金額とも過去最大規模だ。
なぜ、これほどの支援なのか。政府の決定は、不可解としか言いようがない。
河野外相は、六月の南北首脳会談以後の朝鮮半島をめぐる情勢の変化を後押しするため、あえて踏み込んだ支援を行うのだと言う。これまでの人道名目の支援にとどまらず、政治判断に基づく支援に重点を移したということなのだろう。
それなら、北朝鮮が、日朝国交正常化交渉を大きく進展させ、日本人拉致(らち)やミサイルなどの問題でのかたくなな姿勢を改めるという見通しがあってしかるべきだ。
しかし、現実には、拉致やミサイルなどの問題に前進の兆しは見えない。地域の安全保障環境を改善する動きもない。
政府内には、日朝交渉を促進させるための「環境整備」という考えがある。
だが、単なる期待感だけから前例のない大規模支援に踏み切るのでは、あまりに安易かつ無責任ではないか。
政治的支援であれば、北朝鮮が現実に肯定的な変化を見せた時に行うのが筋だ。
政府・与党内には、今回の大規模支援の背景には、四月の国交正常化交渉再開の前に超党派の国会議員訪朝団と北朝鮮との間で、五十万トンのコメ支援の“密約”があったという見方が根強くある。
今年三月の十万トンのコメ支援決定後、北朝鮮は残りの支援が実現しない限り、交渉に応じないと強硬な姿勢だったという。
これが、五月に予定されていた第十回国交正常化交渉の延期や、十月中に行われる予定の第十一回交渉の日程、場所がいまだに決まらない原因になっている。
北朝鮮側が交渉継続をカードにコメ支援を引き出そうとし、これに日本が振り回されている構図と言っていいだろう。
世界食糧計画(WFP)の先の北朝鮮への食糧支援アピールは今年九月から十二月まで四か月分十九万五千トンだった。政府決定がこれを大きく上回ったのは、来年の不足分なども上積みしたためという。
これも疑問だ。当面は要請の範囲内にとどめ、WFPの次回のアピールの内容を見て追加支援すればよいのではないか。
政府の説明は、大規模支援を正当化するためのつじつま合わせでしかない。
支援の内容や仕方も問題だ。
日本の負担額が千二百億円にも上るのは主に価格の高い国産米を支援に充てるためだ。例えば、価格が国産米の一割にも満たないタイ米であれば、同じ五十万トンの支援が百億円強で済む。
自民党の農林族議員の強い要請があったというが、コメ支援に便乗した余剰米対策で外交をゆがめてはならない。
コメ支援をめぐる日本の対応を見ると、対北朝鮮外交の軸足が定まっているのかどうか不安になる。
情勢が変化している時こそ、腰をすえ、毅然(きぜん)とした姿勢を貫くことが大切だ。
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