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読売新聞朝刊 2000年6月11日
金正日総書記、ベール脱ぐ実像 冷戦構図の中で“負の像”が増幅(解説)
 
 十二日から南北首脳会談が始まる。なぞに包まれてきた北朝鮮の最高権力者、金正日総書記が、ベールを脱いで表舞台に登場する。
 (解説部・宇恵一郎)
 (本文記事1面)
 金日成主席死去後、経済難の北朝鮮を切りまわして来た金正日総書記については、その出生から統治能力まであまりにもなぞの部分が多い。
 外交においては、互いの首脳のキャラクターの把握と、それに基づく信頼関係が第一の要件となる。金総書記に関しては、多くのなぞが韓国のみならず、各国の外交担当者を悩ませてきた。外の世界にもれ伝わってくるのは、精力的に軍部隊を視察し督励する、肉声なしの姿ばかり。なぞの裏返しで、「酒好き」で「口べた」「人見知りするタイプ」など、マイナスイメージばかりが増幅されてきた。
 韓国の金大中大統領は、九八年の政権発足以来、深く静かに首脳会談の実現に向けて構想を練ってきた。その側近が「余りに執ように築きあげたマイナスイメージが最大の障害」と嘆いたことがある。冷戦構図の中で歴代政権は、「敵」の二代目を可能な限り、低く見せることが要求された。南北会談に踏み切るとすれば、「話し合うに足る相手」のイメージが求められる。
 その金総書記が、朝鮮半島の分断以来初の歴史的な南北首脳会談に先立ち、先月二十九日から三十一日まで北京を訪問、江沢民国家主席ら中国要人と会談した。中国メディアを通じて流れた、にこやかに応対する金総書記の映像は、これまでの固定イメージを打ち破り、韓国をはじめ各国関係者にある種の安心感を与えた。江沢民主席に「お元気そうですね」と話しかけた一部の肉声と合わせ、「話せる相手かも知れない」と。
 なぞに包まれたその人物像の中で、外部世界で深く信じられているのが、「演出家」としての才能だ。二十代から、社会主義宣伝映画製作の指揮をとり、居宅には、米ハリウッド映画を含む各国の名画ライブラリーがあるとされる。四月の南北首脳会談合意。クライマックスとなるべき平壌での両首脳の出会いに先立って訪中し、公式場面への電撃デビュー。さらに、プーチン・ロシア大統領に対する訪朝要請など、確かに劇的な演出は心憎いばかりでもある。
 十二日からの首脳会談も、外から見れば、「ついに宿敵韓国の援助を仰がねばならないほど、経済が窮したか」と見えるのだが、ここにも仕掛けがある。四月十日に発表された、会談開催合意文は、北朝鮮発表によると、「金大中大統領の要請により」と書かれている。韓国側では「金正日総書記の招請により」と食い違っているが、「わが統一方針に賛同しての平壌もうで」を国内向けに流している。
 冷戦構図が世界的に崩壊する中で、朝鮮半島のいびつな旧態を解体する流れは歴史の必然でもある。金正日体制は、内外に「金日成路線」を継承する「遺訓統治」を宣言している。南北統一は金日成主席の悲願でもあった。同主席が唱えた「高麗連邦制統一論」であれ、金大中大統領が、野党時代から主張し続ける「三段階統一論」であれ、まず信頼に基づく南北平和共存が統一への第一歩である。その道筋をどうつけるかが、今回の首脳会談で問われている。
 金日成主席でさえ、成し遂げられなかった南北首脳会談で目に見える成果を得られるかどうか。それは、金正日総書記が、父親の「遺訓」を乗り越えられるかどうかの試金石でもある。
 
 
 
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