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読売新聞朝刊 1999年7月28日
社説 「北」抑止へ協力と備え強めよ
 
 日本やアジア・太平洋地域の平和と安定にとって今、最も危険な要素は、北朝鮮の動向である。
 新型ミサイル「テポドン2号」の発射実験は秒読み段階に近いと見られている。工作船の日本領海侵犯事件も記憶に新しい。核開発疑惑は依然、晴れそうにない。
 特にミサイル発射と工作船事件は、日本の危機管理体制の欠陥を露呈させた。
 今年の防衛白書は、こうした北朝鮮の動きを「一層重大な不安定要因」ととらえ、強い懸念を表明している。問題の持つ重大性からして当然というべきだ。
 2号発射の動きで、懸念の輪は、国際社会でも広がりつつある。推定射程は三千五百―六千キロと言われる。アジア・太平洋地域の多くの国がすっぽり入る計算だ。関連技術の他地域への移転・拡散も、国際社会に不安材料をばらまいている。
 東南アジア諸国連合地域フォーラム(ARF)は議長声明で、「朝鮮半島の安定に深刻な結果を引き起こしかねない」と、憂慮の念を表明した。
 参加各国が、危機感を共有した意味は大きい。北朝鮮に対する抑止のための国際的な取り組みの強化につなげるため、日本も努力を続けたい。
 日本にとって、それ以上に重要なのは米韓両国との共同歩調だ。二十七日の日米韓外相会談は、共同声明でミサイル再発射に強い警告を発した。二十八日の小渕首相らとコーエン米国防長官との会談でも、連携を再確認する見通しだ。一連の会談が、北朝鮮に“暴発”を思いとどまらせる強力なメッセージとなるよう期待したい。
 日本として、中長期的な独自の防衛努力も必要だ。白書は、ミサイル発射から得た「教訓と課題」として、情報収集・分析・伝達能力の向上が不可欠としている。発射時に防衛庁が見せた対応の乱れなどを踏まえた結論だろう。
 防衛庁の情報処理体制の強化に加えて、政府はすでに情報収集衛星の導入を決定している。戦域ミサイル防衛(TMD)と同様、抑止、防衛に有効なシステムだ。導入・配備への作業を急ぐべきだ。
 工作船事件は、この種の領域侵犯に対処するための法制の不備を見せつけた。
 こうした反省を踏まえて、読売新聞はさる五月、自衛隊の任務に新たに「領域警備」を加えることなど、現行法制の見直しを盛り込んだ緊急提言を行った。
 これに対し白書は、現行法制見直しの必要性には言及していない。一方で自衛隊による初の海上警備行動に触れながら、「政府の断固たる決意を示し、今後、この種の事案の発生に対する抑止力としての効果もあった」と自賛している。
 これでは工作船を取り逃がしたという「結果」について、理解を得るのは難しいのではないか。現行法の枠内でという「行政の限界」はあるにしても、法制の不備や限界を率直に認め、最も効果的な対策を提起することも防衛庁の務めだろう。
 ことは国の平和と安全にかかわる問題であることを忘れてはなるまい。
 
 
 
 
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