読売新聞朝刊 1997年10月9日
社説 金正日政権とどう向き合うか
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の最高権力者の座である朝鮮労働党総書記に金正日・党書記が選出された。憲法上も党が最高の指導機関であり、これで建国以来最初の権力継承が正式に行われ、金正日政権が名実ともにスタートしたことになる。
党総書記のポストは金新総書記の実父である金日成国家主席が九四年七月に死去して以来、国家元首である国家主席のポストとともに、空席となっていた。国家主席については、新総書記が就任するとしても、なお、かなり先になるだろう。
金正日氏は七四年に父の後継者とされ、以来、権力の父子世襲が準備され、九三年には軍を指揮・統率する国防委員長となった。正日氏の軍重視は続いている。
一国の最高指導者の地位が三年余りも空席だったのは異常だ。北朝鮮側は長い服喪を「孝子」のしるしとして美化してきた。正日氏のカリスマ作りの面があったが、同時に、洪水や干ばつに伴う食糧危機をはじめ経済困難が影響したと言える。
総書記就任は、体制の維持と食糧、外貨の確保を柱とし日米をにらむ対外政策を進める上で、これ以上の最高指導者の空席は障害になると考えてのことでもあろう。
北朝鮮から国外に漏れ出てくる情報は、配給制度の機能マヒやエネルギー不足による生産活動の停滞など、厳しい経済困難が続いていることを示している。
北朝鮮は思想統制や政治犯収容所の存在が示す強権装置の働く社会だ。首領という最高指導者は脳髄、人民は細胞、党は首領と人民を結ぶ神経で、人民は首領と党に従うのが使命で、正日氏を「永遠の神」と神格化する国だ。当面、内部から政治体制を掘り崩す危機はあるまいが、経済危機がいつまでも続けば状況も変わるだろう。
その金正日・総書記の北朝鮮といかに向き合うか。国際社会が追求すべき目的は明らかだ。北朝鮮を北東アジアひいては世界の混乱源にさせないことだ。急激な崩壊や暴走を防ぐことだ。国際社会の責任ある一員として行動させることだ。改革・開放、民主化へ仕向けることだ。
この文脈で問題となるのは、経済危機打開のための改革・開放への誘導であり、四者協議による朝鮮半島の平和体制の構築であり、米朝関係、日朝関係の正常化であり、金主席の死で流れた首脳会談の将来的開催を含む南北対話の促進だ。軌道にのりつつある米朝核合意の履行はもちろんだ。
経済危機打開には改革・開放以外にない。北朝鮮は羅津・先鋒自由経済貿易地帯など限定的な開放の動きをみせている。側面からこの動きを促す努力が必要だ。
北朝鮮の外交パターンは国際社会あるいは交渉相手が嫌う、いわば「負」の状況をつくり出し、その状況を緩和することをてこに自らの利益を確保していくものだ。
したたかな北朝鮮に対しては、大目的に沿って、あせらず、冷静かつ柔軟に筋を通しつつ、建設的対話が北朝鮮の利益でもあることを示す、めりはりのある対応が重要だ。難しいことだが、とりわけ、日米韓、中国が協調して努力するしかない。
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