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読売新聞朝刊 1997年9月10日
社説 「日本人妻」合意の実施を急げ 
 
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に渡ったままの、いわゆる日本人妻の一時帰国がようやく実現する見通しとなった。
 里帰りは長年の懸案であり、人道問題でもある。日本と北朝鮮が連絡協議会で合意したことを、一歩前進と評価したい。赤十字をはじめとした両国関係者は、人選や時期などについて詰めを急ぎ、遅滞なく実施にこぎつけるべきである。
 朝鮮人の夫と共に日本人妻の第一陣が新潟を出港したのは、一九五九年暮れだった。以来八四年までの間に、合わせて千八百人を超える日本人女性が日本海を渡った。これまで里帰りの話が持ち上がったことはあったが、実現してこなかった。
 渡った人には様々な事情があったのだろう。日本側関係者の間に複雑なものがあることも想像に難くないが、数十年ぶりに踏む故国の地である。温かく迎えたい。
 第一陣は十―十五人程度とし、一か月以内にも実現させるとしている。千八百人という数字から見ると極めて少ない。具体的な時期も明示されなかった。不満は残るが、これを手始めとして、軌道に乗せるよう北朝鮮には求めたい。
 大事なのは、希望者全員の里帰りを認めるという大原則である。
 合意書は、北朝鮮赤十字は「本人の希望と意思に従って故郷を訪問することができるよう必要なすべての措置をとる」としている。合意書の完全実施が不可欠だ。
 今回の合意では、不明な点もある。日本人妻の安否調査もその一つだ。音信不通となっているケースも多い。亡くなった人も少なくないという。里帰りと並行して、引き続き調査を北朝鮮に求めるべきだ。
 同じ人道問題という意味では、北朝鮮によると見られる日本人拉致(らち)疑惑も決して見過ごすことはできない。日本の警察当局によると、七七年に行方不明となった女子中学生を含め、七件十人にのぼる。
 日本側は、今回の連絡協議会にあたり、まず日本人妻の帰国実現に力点を置いたため、拉致疑惑は陰に隠れたきらいもある。しかし、日本に対する主権侵害という重大な問題である。北朝鮮に対しては、今後も対応を迫るべきである。
 日本人妻問題が前進したことで、北朝鮮に対する食糧支援問題も日程に上ってこよう。国連など国際機関の呼びかけに応じ、日本政府も実施の方向で検討を進めている。韓国や米国などとも連携をとりつつ、適切な規模の援助とすべきである。
 八月の予備会談において合意した、国交正常化交渉再開の促進材料ともなろう。日本にとって残された戦後処理の重要課題であり、五年前に中断された交渉の再開は基本的に歓迎すべきことだ。
 ただ、争点となってきた財産請求権やいわゆる戦後の償いの問題などで、原則を曲げるべきでないのは当然である。
 朝鮮半島安定化のための四者協議も動き出している。日朝交渉もこうした流れとは無縁ではあり得ない。再開にあたっては、関係各国との綿密な調整が欠かせないのは言うまでもない。
 
 
 
 
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