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毎日新聞朝刊 2002年10月31日
社説 日朝交渉 北は平壌宣言の精神守れ
 
 2年ぶりに再開された日朝国交正常化交渉は30日、協議を終えた。北朝鮮は拉致被害者5人の家族の帰国に応じなかった。拉致をなお続けるに等しい。親子離れ離れの家族の心情は、察するにあまりある。日朝間のねじれを早く解き、正常化交渉を進めるべきだ。
 12回目の今回は、交渉を進める環境が、前回までとは大きく異なった。小泉純一郎首相と金正日(キムジョンイル)総書記が正常化へ強い決意を示し、平壌宣言に合意した。懸案を話し合いで解決しようと、両国が努力したこと自体は評価したい。
 日朝首脳会談で、総書記は拉致を認めて謝り、一部の被害者の安否を明らかにした。首相も植民地支配を謝罪し、正常化後の経済協力を約束した。北朝鮮はその後、米国との協議で、核開発を進めていたことを認めた。日本が拉致という犯罪で自由を奪われた被害者の原状回復を求め、国際社会の安定を脅かす核開発の即時放棄を迫ったのは当然だった。
 ところが、北朝鮮の対応は、正常化にとっての障害を真摯(しんし)に取り除く意思があるのか、疑わしい。
 5人の一時帰国方針が変わったことで、北朝鮮は「信頼に背いた。5人を北朝鮮に戻せ」と非難した。だが、拉致被害者を日本に戻すのは、北朝鮮の義務である。被害者の子供を親元に帰すことに、議論の余地はない。次回交渉を待つまでもなく、被害者5人の家族が速やかに永住帰国できるよう、日本政府は引き続き北朝鮮と折衝を続けてもらいたい。家族の新たな分断を強いてはならない。
 死亡だとする8人に関しては、疑問があまりに多い。市川修一さんは79年9月4日、元山の海水浴場で溺死(できし)したとされるが、波は穏やかでない時期だ。台風12号が九州を直撃し、元山付近は波が荒かったはずだ。山辺育ちで泳がない市川さんが、荒れ模様の海へ泳ぎに行くだろうか。北朝鮮は従来の不誠実な対応を改め、これらの疑問点にきちんと対応すべきだ。
 安保問題では、11月に日朝で協議することが決まった。核開発、ミサイルの開発と配備、工作船活動は、日本だけでなく、この地域の安定を損なう。
 しかし、核開発について北朝鮮は「米国から脅威を受けている段階で、釈明の必要はない」と突っぱねた。「日本と議論できるが、最終的解決は米国との協議によってのみ可能」との認識も示した。金総書記は平壌宣言で「朝鮮半島の核問題解決に関連するすべての国際的合意の順守」を、小泉首相に約束したはずである。核開発は、日米韓だけでなく、中露を含むアジア太平洋経済協力会議(APEC)も非難している。一刻も早く、検証可能な査察を受け入れるべきである。
 交渉は、日朝が不正常な関係を終わらせ、北朝鮮が国際社会と信頼できる関係を築くことにある。北朝鮮には、平壌宣言の精神に立って、被害者の家族の早期帰国など拉致問題を解決し、安全保障問題で地域の信頼を取り戻すよう求めたい。
 
 
 
 
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