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毎日新聞朝刊 2002年7月4日
社説 米朝協議中止 いいかげんに目をさませ
 
 米国務省は2日、10日から計画されていた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への米政府代表団派遣提案を撤回、1年半にわたって途絶えていた米朝高官協議の再開は先送りされた。
 撤回の理由は、「時宜を得た回答がなかった」ことと、先月29日に黄海で起きた韓国と北朝鮮艦艇の交戦で「対話を容認し難い雰囲気が作られた」という二つに集約されている。
 国務省報道官は交戦を「北朝鮮の武力挑発行為」と非難した。だが、提案撤回に至る経過説明によれば、この事件よりもむしろ米国の日程案に対して北がきちんと回答せず、「ナシのつぶて」だった事実に、より大きな比重が込められているようだ。
 北朝鮮はこれまで日米韓3国との交渉で、相手をじらしたり、恫喝(どうかつ)する外交を得意としてきた。しかし、米朝関係の基調は高官協議が最後に行われたクリントン政権末期の00年末から、01年のブッシュ政権に入って一変した。
 妥協と説得を通じて弾道ミサイル実験の凍結を求めた前政権に比べ、ブッシュ大統領は金正日(キムジョンイル)北朝鮮総書記を「信用できない」と批判し、イラク、イランと共に「悪の枢軸」と名指しした。ペリー報告の「抑止と対話」の原則は踏まえながらも、対話よりも抑止を重視している。
 米朝対話も「無条件で、いつ、どこでも応じる」(パウエル国務長官)としつつ、実際には(1)朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)による軽水炉建設の前提となる核査察の完全実施(2)ミサイル開発、輸出の規制(3)南北境界線の通常兵力引き離し交渉――の「3点セット」を中心議題としてきたのは周知のことだ。
 94年枠組み合意の履行には、核疑惑を払しょくするための厳正な核査察が不可欠だ。ミサイル、通常兵力協議も朝鮮半島の緊張緩和に欠かせない。拉致疑惑や日本赤軍もからむテロ支援問題も含めて米国だけでなく、日本、韓国も早急な解決を願っている。
 高官協議では、こうした問題で真剣な話し合いを求められるのは当然だ。そのために米国は訪朝団の代表をケリー国務次官補(東アジア・太平洋担当)に格上げし、誠意を示そうとした。それなのに協議日程の調整ですらきちんと回答できないのでは、派遣が白紙撤回されてもやむを得まい。
 米国だけでなく、最近は国際社会が北朝鮮を見る目も変わった。「太陽政策」を掲げた韓国の金大中(キムデジュン)政権は先がなく、不審船事件で日本の世論も冷えた。中国も難民問題で手を焼いている。西欧諸国は北朝鮮との関係正常化や対話外交を進めてきたが、それも北朝鮮体制の暴力的崩壊への懸念や食糧難など人道的観点が中心だ。
 そうした変化を北朝鮮指導部は認識しているのか。高官協議再開が遅れても、当面米国が失うものは多くない。相手をじらしたり、脅したりしても重要な懸案解決が進むような客観的情勢はない。そのことを直視し、真剣で意味のある対話に踏み出してほしい。
 
 
 
 
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