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毎日新聞朝刊 2000年10月14日
社説 米朝対話 日朝正常化は腰を据えて
 
 朝鮮戦争を戦った米国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が半世紀に及ぶ敵対関係の終結と和解に向けて動き出した。
 金正日(キムジョンイル)総書記の特使である趙明禄(チョミョンロク)国防委員会第1副委員長の訪米を受けて12日発表された米朝共同コミュニケは、「互いに敵対的意思を持たないことを宣言し、新たな関係の樹立に全力を尽くす」と約束した。これを進めるために、オルブライト国務長官が月内に平壌を訪問する。さらに「主要課題で重要な進展が得られれば」(同長官)、クリントン大統領自身が訪朝するという。
 両国が共に踏み出した歴史的な一歩を心から歓迎したい。こうした環境は日朝両国のためにもなる。月末に再開される日朝正常化交渉では、正しい方向を見失わないように、じっくりと腰を据えて臨みたい。
 米国の最大の眼目が軍事的安定と対立解消にあったことは言うまでもない。コミュニケには「アジア太平洋の平和と安全のために」という表現が4回出てくる。冷戦が終わって10年たつというのに、朝鮮半島は最後の冷戦地帯として取り残され、南北境界線ではいまもにらみあいが続く。日本を含むアジア太平洋諸国にとっても、それが片時も目をそらせない重苦しい影となっていた。
 朝鮮半島をめぐって日米韓は個別にさまざまな問題を抱えているが、その最終的解決には現在の停戦協定体制に代わる恒久的和平の仕組みを築く必要があり、米朝の和解と軍事的安定は欠かせない要素だ。
 両国の合意には、互いの政治的思惑も強くにじんでいる。米国にとって、国務長官訪朝はこれまで間接的にしかうかがい知れなかった金総書記と直接対話を通じて人物を見定める機会をもたらす。それが大統領訪朝にまでつながれば、中露に先行された「トップ外交」で再び外交イニシアチブを取り戻すばかりでなく、残り任期が限られたクリントン氏にとって歴史に名を残す好機となるに違いない。
 北朝鮮にとっても、コミュニケに「自主権と内政不干渉の尊重」が明記されたことで現体制存続が確保され、ロシアに続く米国の元首による「平壌もうで」を内外に印象づけられる。大統領選1カ月前という特使派遣のタイミングは、現政権から最大の外交的利益を引き出す狙いからだろう。
 コミュニケは相互の連絡事務所開設や北朝鮮が求めた米政府の「テロ支援国」指定解除には踏み込まず、ミサイル問題でも「米朝間の協議継続中は長距離ミサイル発射凍結を続ける」という昨年9月の合意の再確認にとどまった。米朝「反テロ共同声明」で日本の関心を集めた「よど号」事件(1970年)の元赤軍派4人の扱いも言及されなかった。
 とはいえ、6月の南北朝鮮首脳会談に始まった和解の動きは、ますます確実なものになった。日朝間には「よど号」問題に加えて、ミサイルや拉致(らち)問題、「過去の清算」など固有の懸案や課題がある。しかし、南北、米朝の改善は日本にもプラスの材料であり、決してマイナスではない点を忘れてはならない。
 南北の交流が進み、軍事・安全保障面で米朝関係を軸に冷戦構造が解消に向かうならば、日本にとってもペリー・プロセスに沿って一層の協調を進める環境は深まりこそすれ、後退はしない。
 
 
 
 
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