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毎日新聞朝刊 2000年6月2日
社説 北朝鮮 外交舞台に出た金総書記
 
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日(キムジョンイル)総書記が中国を訪問したことが明らかになった。
 中国では、江沢民・国家主席、李鵬・全国人民代表大会常務委員長、朱鎔基首相と会談したという。
 12日から南北首脳会談が始まる。韓国の金大中(キムデジュン)大統領は、日米韓の良好な外交関係を背景に平壌入りする。金総書記が、その前に中国との友好関係を確認してバランスをとろうとしたことは、推察できる。
 金総書記は、故金日成(キムイルソン)主席の死去にともなって1994年に最高権力者の座についてから、これまで外国を訪問したことがなかった。
 国内でさえ、公開の場に姿を現すことはまれだ。肉声すらほとんど聞かれない。それが北朝鮮の内向きで閉鎖的なイメージを増幅させていた。「神秘的指導者」などと呼ぶこともあるが、理解しづらいということは、決して褒めた形容ではない。普通の国では、神秘的指導者を必要としないからである。
 金総書記が、やっと国際外交の舞台に登場してきた。これが、北朝鮮の変化なのかどうか、注目していきたい。
 今回の訪中は、秘密訪問だった。だが、会談終了後、中国外務省の楊文昌次官が韓国の権丙鉉(クォンビョンヒョン)・駐中国大使を呼び、会談について説明をした。
 外交慣例から言えば、北朝鮮から了承を得た上でのことだろう。中国は、朝鮮半島問題で韓国との関係も大事にしているという姿勢を示した。それだけではなく、金総書記の行動も、極めて不十分とはいえ秘密のベールを外した。
 南北会談では南の報道陣の人数制限が事前の争点になった。まだ、北は開かれた国家ではない。だが、金総書記がどんどん外国を訪問し、また国外からマスコミを受け入れるようになれば、北朝鮮も変わるかもしれない。
 訪中の兆しはあった。3月初め、金総書記が突然、平壌の中国大使館を訪問したことである。金総書記の訪中の意思表示かと見られた。
 昨年、北朝鮮のナンバー2に当たる金永南(キムヨンナム)・最高人民会議常任委員長が訪中した。当然、答礼として中国からナンバー2、李鵬全人代常務委員長の訪朝が予想されていたが、なぜか実現せず、金総書記が訪中した。
 今秋にも労働党大会を開き、中国トップの江沢民主席を招請しようとする布石ではないか。少なくとも、中国の韓国承認以来、ぎくしゃくした中朝関係の完全修復を急ぐ金総書記の意欲がうかがえる。
 中朝関係を固めておきたいのだとすれば、南北関係と、米朝、日朝関係の改善を念頭に置いているからだろう。
 北朝鮮は昨年秋以来、イタリア、オーストラリアと外交関係を結んだ。今年の夏は東南アジア諸国連合(ASEAN)の地域フォーラム(ARF)に初参加する。だが、対外活動が活発になるにつれ、肉声の聞こえてこない金総書記の政治スタイルが、このまま国際社会で通用するか疑問がでていた。
 北朝鮮にとって最大の外交課題は、なんといっても対米、対日関係の正常化である。どちらも難航している。北朝鮮の首脳外交がさらに透明度を高めれば、交渉の進展にもプラスになるだろう。
 
 
 
 
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