毎日新聞朝刊 2000年5月9日
記者の目 南北首脳会談 目的は「指導力強化」=大澤文護(ソウル支局)
◇今後も対話を促そう
韓国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の「南北首脳会談」は、8日までの準備協議で、開催手続き、警護、通信などの実務分野にほぼ合意し、南北双方は議題や代表団の人数をめぐり最後の詰めを行っている。その一方で、世界の目は、すでに会談がどのような成果を上げるかに向いている。
しかし、1回の会談だけで「朝鮮半島の春」がすぐにもやってくるかのような期待をすべきでない。この時期の「首脳会談」開催合意は、南北別々の思惑によって実現したからだ。1948年、韓国と北朝鮮の成立以来、延々と続く朝鮮半島の「平和と安定」実現の「試み」の一つとして、長期的視野で見守るべきだろう。
4月10日の合意発表以来「なぜ、今、この時期に」という疑問の声をよく耳にした。
韓国の金大中(キムデジュン)政権は先月13日の総選挙を終え、任期(5年)の後半に入る。発足直後から訴えてきた北朝鮮との民間交流を拡大し、南北当局間対話を実現するための「包容(太陽)政策」の成果を、そろそろ、国民と世界に示し、残る任期の指導力を確保する必要があった。
そのために金大中政権は1年以上も前から情報機関や財界、在外の韓国・朝鮮人を含む「少なくとも五つのルート」(韓国の消息筋)を使って、北朝鮮との接触を図ってきた。総選挙直前の発表を意図したのは、それを金大中大統領の与党への「追い風」にして恩を売ろうとした北朝鮮側だった、というのがソウルの「通説」だ。
推測が難しいのは北朝鮮側の腹の内だ。天災の連続と、肥料不足などから起きた極端な食糧不足は、国際社会の援助で改善傾向にあり、合意達成の「決定打」になった様子はない。エネルギー支援の受け入れを期待して対話に踏み切ったとの見方もあるが、エネルギー供給という国家安全保障の要(かなめ)を対立する韓国にゆだねるのはあまりにも危険だ。
結局は、94年に金泳三(キムヨンサム)韓国大統領(当時)との首脳会談受け入れを決め、その直後に死去した金日成(キムイルソン)主席の「遺志」の実現を図るのが、北朝鮮指導部の最大の狙いとみるのが妥当だろう。
北朝鮮指導部の思考方法からみれば、偉大な建国者で指導者であった金日成主席の「遺志」を継承することで金正日(キムジョンイル)総書記の後継者としての正統性をアピールし、国内指導力を強化できる。今後、世界各国との付き合いを活発化しても揺るがない国内の体制固めを急いだというわけだ。
「指導力強化」という同じ課題を背負った南北双方の指導者にとっての合意成立は、ある意味では当然の結果だった。準備協議でも対立が不可避の問題は極力避け、平壌での首脳の「対面」実現を確かなものにしなければならなかった。
4月22日の第1回準備協議が1時間20分、第2回準備協議は、わずか1時間半、そして3日の協議も3時間13分という比較的短時間で終了したことが、それを証明している。
問題はこれからだ。金大中大統領と金正日総書記は平壌での「対面」で何を話し合うのか。
韓国は3月9日に金大中大統領がベルリン自由大学での講演で提案した▽韓国政府レベルによる経済危機克服のための支援▽統一より先に冷戦構造の終息と平和定着を図る▽離散家族問題解決▽南北対話の定例化――の4項目を議題とするよう求めている。
一方の北朝鮮側は第1回準備協議で、「根本的な問題から解決しなければならない」と主張した。「根本的問題」とは、南北対話の歴史からみれば、金日成主席が主張した「連邦制」による南北統一問題を話し合うことにほかならない。
「統一問題」を先送りして経済支援や離散家族問題を話し合おうとする韓国。「統一問題」を優先して話し合うべきだと主張するであろう北朝鮮。その隔たりは大きい。金正日総書記は金大中大統領との「対面」に応じても、会談には憲法上の国家元首である金永南(キムヨンナム)最高人民会議(国会に相当)常任委員長を出席させる可能性もある。
問題が残っているものの、金大中大統領訪朝の歴史的意味は大きい。建国以来「我々が(朝鮮半島)唯一の合法政府」と言い争ってきた両国の指導者が顔を合わせるのは互いの存在を認め合うということだ。朝鮮半島の将来を南北当局者が面と向かって話し合う「次の段階」に至る準備が整うことになる。
この流れを確かなものにするために、南北はぜひ、2回目の「首脳会談」を早急に開催すべきだ。日本と米国が、北朝鮮を強力に説得し、2回目の対話の早期実現を促す必要がある。北朝鮮を今後も、南北当局間対話の席に着かせることができるかどうか。それは近く北朝鮮との国交正常化交渉を再開する日本に与えられた課題とも言えるのだ。
□写真説明 板門店で開催された南北首脳会談第4回準備協議前に握手する南側(左)と北側の両代表団=8日、ロイター
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