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毎日新聞朝刊 2000年3月8日
社説 北朝鮮支援 戦略的な外交を展開せよ
 
 政府は7日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に、コメ10万トンの人道援助を行うと発表した。国連機関である世界食糧計画(WFP)を通じて、実施されるという。
 援助には、大きく分けて人道援助と戦略援助がある。大地震の犠牲者や飢餓の難民などへの国際的な人道援助は、いかなる条件も付けずに行うのが国際的には常識である。
 一方、戦略援助は、国益と目標を明確にして、実施される。
 人道援助には、原則として反対する理由はない。食糧難に苦しむ北朝鮮の一般国民に確実に食糧が届けられるのなら、積極的に取り組むべきだ。国連機関を通じての支援である以上、原則的には理解できる。
 それでも、なお納得しがたい国民感情が残る現実を無視してはならない。同じ人道問題である日本人拉致(らち)疑惑の解決に、国民は大きな関心を持っているからだ。
 今回のコメ支援が、日本の人道問題解決につながるなら問題はない。だが、何らの成果も得られなければ「コメを取られた」との感情だけが残り、日本外交は国民の信頼を失うことになる。
 もう一つの課題は、支援の量と透明性の問題だ。10万トンのコメは、約170億円の価値がある。これは、あくまでも国民の財産であることを忘れては困る。
 日本はすでに1995年に、北朝鮮に50万トンの食糧援助を行っている。このうち15万トンは、赤十字を通じた無償援助であった。ところが、この支援米が北朝鮮の一般国民に間違いなく手渡されたとの確認が、今なお公表されていないのである。
 今回の10万トンの支援については、配給の際の立ち会いや受け取った個人の署名を条件にすべきだ。
 外交は、国益と国際平和のために戦略的な判断と目標を明確にして行われるものである。対北朝鮮外交の戦略目標は(1)拉致日本人の救出(2)ミサイル拡散阻止(3)核、生物化学兵器などの大量殺戮(さつりく)兵器の拡散防止(4)朝鮮半島での軍事衝突防止(5)南北対話推進――などである。
 今回のコメ支援が、こうした目標を達成するための戦略的な判断と計算に基づき、有効であるかどうか疑わしい。しかも政府の説明は戦略的な説得力にも欠けている。政府高官は、コメを先に支援することで拉致問題の解決と国交正常化交渉開始を確実なものにする、と説明してきた。それなら、拉致問題も進展せず正常化交渉も再開されない場合、国民の財産を浪費したことになりはしまいか。
 正常化交渉の日程が決まり、拉致問題の進展が見られた後にコメ支援をする選択もあったはずだ。コメ支援だけを急ぐ理由を、国民にきちんと説明すべきである。北朝鮮政府から、正式にコメ支援の要請を受けていたのか、改めて問いたい。
 今回のコメ支援は、昨年末の村山富市元首相を団長とする超党派訪朝団の合意を受けたものという。当初は、訪朝団が実現すれば拉致問題にも進展が見られ、正常化交渉もすぐに開始されるかのようにいわれた。だが、訪朝団実現から3カ月が過ぎても、何の成果も上がっていないのである。 
 今回のコメ支援が、民間団体である政党の合意を単に政府に押し付ける結果に終われば、日本外交は敗北したと言われてもしかたがない。
 
 
 
 
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