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毎日新聞朝刊 1999年2月4日
社説 ミサイル防衛 アジアの軍備管理軍縮を
 
 コーエン米国防長官は2日、議会に提出した国防報告で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のミサイルは「将来的には、米本土攻撃も可能である」との「深刻な懸念」を表明した。そのために、全米ミサイル防衛(NMD)網開発を促進する方針を明らかにした。これは、米国の対北朝鮮戦略の変更を意味する。
 国防総省はすでに、国防費を大幅増額する来年度予算を発表した。増額分は、NMDや日本などとの戦域ミサイル防衛(TMD)構想の研究開発費などに回されるという。
 これに関連して、国防総省の議会への非公開報告書では、中国をTMDの「潜在的脅威」としていると報じられた。米国防総省の一連の動きは、テポドン・ミサイル発射問題(北朝鮮は人工衛星と発表)が、米国のアジア戦略を大きく変化させつつある事実を示唆している。
 米政府高官によると、テポドン・ミサイルの3段目が改良されれば、米本土到達も可能という。直ちに北朝鮮のミサイルが、米国の重大な脅威になるわけではない。通常爆弾しか搭載できないのなら、脅威ではないからだ。
 だが、北朝鮮が小型の核兵器を完成し、ミサイル搭載可能な生物・化学兵器を実戦配備したら、状況は変わってくる。米国は、生物・化学兵器を北朝鮮がすでに保有しているとみている。しかし、これをミサイルに搭載し、有効に着弾させる技術はまだ完成していないというのが、米専門家の判断である。
 ともかく、テポドン・ミサイルの発射を契機に、ワシントンでは北朝鮮への米国の軍事戦略を変更すべきだとの論議が起きているのである。北朝鮮は、米国にとっては間接的な脅威でしかなかった。だから、米国は、在韓米軍による戦争抑止を目的にした限定的な戦略を取ってきた。
 しかし、米本土に届くミサイルが配備されれば、米国にとって直接の脅威になる。
 米国としては、北朝鮮が新たな「直接の脅威」になるわけだ。米国防総省は、この変化を巧みに利用し、国防予算の増額を勝ち取ろうとしているといえないこともない。
 北朝鮮は、ミサイル発射問題が結果としてアジアの軍事関係に大きな影響を与えた事実を、よく考えるべきであろう。ワシントンの北朝鮮に対する空気は、決してよくない。事態を、アジアでの緊張激化や軍拡の方向に向かわせてはならない。
 朝鮮半島は、1950年の朝鮮戦争で冷戦対立を決定的にした。この意味では、朝鮮半島は世界情勢を望ましくない方向に動かしたと言っても過言ではないだろう。朝鮮半島での軍事対立には、こうした危険が内包されているという歴史の教訓を忘れないでほしい。
 米国は、ミサイル防衛体制の開発研究を進める一方で、中国と北朝鮮に対するエンゲージメント(国際社会の仲間に入れる)政策も推進している。これは、危機への備えを怠らない和戦両様の戦略である。
 しかし、TMDやNMDの開発研究を、アジアでの新たな軍拡競争の引き金にしてはならない。そのためには、アジアでの軍備管理軍縮の対話と交渉が不可欠になる。アジアに恒久的な平和体制を作るための外交努力にもっと力を注ぎ、本格的な取り組みを始めるべきである。
 
 
 
 
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