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毎日新聞朝刊 1999年1月18日
社説 21世紀へ 朝鮮半島 正常化への包括交渉−−国際政治のバランス回復を
 
 韓国とソ連は1990年9月30日に、国連で外相会談を行い、この日から直ちに国交を樹立した。異例の合意であった。本来は、翌年の1月1日に予定していた「国交正常化」を、突然早めたのであった。
 当時のシェワルナゼ・ソ連外相はニューヨーク入りする前に、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪れ、韓ソ国交樹立を通告していた。この時の北朝鮮の対応に彼は腹を立てていた。韓ソ国交正常化が、その後の北朝鮮の核問題の始まりになるとは彼も気がつかなかったようだ。
 北朝鮮の金永南外相は、シェワルナゼ外相に「ソ連がその気なら新兵器を開発する」と脅したのだった。怒りを抑えながらもシェワルナゼ外相は「北朝鮮に開発できるわけがない」と思っていた。
 ソ連政府高官によると、ソ連はその後に北朝鮮の核、ミサイル施設で働くソ連人技術者20人を説得し帰国させたという。だが、北朝鮮の核開発は韓ソ国交正常化を境に、一層拍車がかかったのだった。
 中国は、92年8月に韓国との国交正常化を北朝鮮に通告した。この際にも、北朝鮮は核兵器開発の意思を中国側に明確に伝えたという。
 こうしてみると、中ソの韓国との国交樹立という冷戦の終了が、北朝鮮の核とミサイルの開発を促進したことになる。もちろん、北朝鮮は60年代から核開発の目的で科学者をソ連に留学させていた。だが、実験場を確保できない以上、核開発は不可能だとソ連は考えていた。
 なぜ、冷戦の崩壊が北朝鮮に核開発を促したのか。国際政治的には、中ソの韓国との国交樹立が、朝鮮半島のパワーバランスを崩したからである。
 中ソと韓国の正常化と同時に、日米と北朝鮮の国交樹立が実現すれば、パワーバランスは維持されただろう。このパワーバランスの崩壊を防ぐ手段として、核とミサイル開発に手を出したことになる。
 ◇同床異夢の米朝
 その背景には、北朝鮮の対日米外交の失敗がある。日本でそれほど影響力のない政治家の議員外交に、余りに頼りすぎた。故金日成(キムイルソン)主席は後で日本財団の笹川陽平理事長に「対日外交は失敗であった」と率直に語っている。
 北朝鮮と米国の核問題をめぐる交渉は、94年10月に「米朝基本合意」としてまとまった。この合意の履行をめぐる対立が、最近の米朝の緊張につながっている。
 だが、本当の原因は米朝基本合意が、「同床異夢の妥協」であったためである。交渉当局者たちはそれぞれの政府と指導者に、そうした性格の合意である事実を正直に説明しなかった。
 それでは、米朝基本合意の何が問題であったのか。合意の要旨は次の通りであった。
 (1)2基の原子力発電所を北朝鮮に供給する。
 (2)原子力発電所の完成まで年間50万トンの重油を供給する。
 (3)北朝鮮は核施設を凍結し、原子力発電所完成時に解体する。
 (4)双方は正常化に向けて動く。
 (5)北朝鮮は南北対話に従事する。
 米国が目指したのは、北朝鮮の核開発阻止であった。そのため、この合意で目的を達成できたと考えたのである。
 一方、北朝鮮の目的は「米朝正常化」にあった。合意文面は、すぐにも外交正常化に動くように読めた。ところが、米議会が北朝鮮の人権状況やミサイル開発を問題にしている以上、それは難しかった。また、韓国も南北関係の改善以前に米朝正常化が実現することに強く反対したのだった。
 ◇新たな合意文書を
 最近の北朝鮮の地下核施設疑惑に対し、米国は米朝基本合意違反と非難している。北朝鮮側にも米国は「正常化」への合意を誠実に履行していない、との反発がある。米国の北朝鮮への重油供給は遅れがちで、北朝鮮は核開発再開疑惑をもたれ、ミサイル開発も中断していない。南北対話も再開されていない。
 合意に対する双方の不履行が「米朝基本合意体制」を崩しかねない状況を生んでいる。最大の原因は、すでに指摘したように朝鮮半島のパワーバランスの崩壊と、同床異夢の合意にあった。
 米政府は、行き詰まりを打開するため、ペリー前国防長官を朝鮮問題の調整官に任命し、政策と戦略の見直しを進めている。これは、クリントン政権の対北朝鮮外交に批判的な米議会対策でもある。
 クリントン政権と韓国は、近い将来の北朝鮮の崩壊を望まず、崩壊させることも難しい、との判断に到達した。さらに、韓国の金大中(キムデジュン)大統領は南北関係改善よりも米朝関係改善を先行させる政策への転換を明らかにした。
 そうであるなら、同床異夢状態の解消が急がれる。そのためには、米朝基本合意を踏まえた新たな合意文書か、新しい協定が必要になる。
 米朝正常化への交渉開始を明記し、改めて北朝鮮の核開発凍結を確認すべきだ。北朝鮮内では、原子力発電所2基よりは、1基にして残りを通常の発電所建設に切り替えるべきだ、との意見も出ているという。
 米朝両国は、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)やミサイル協議など、すでにある交渉のチャンネルはそのまま維持しながら、包括的な国交正常化交渉開始への道を開くべきである。
□写真説明 米国と北朝鮮は94年10月「同床異夢」のまま、ジュネーブで基本合意書に署名した=ロイター
 
 
 
 
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