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毎日新聞朝刊 1999年1月15日
社説 朝鮮半島 米国は先制攻撃をしない
 
 今年春から6月ごろにかけて、米国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の緊張が高まり、米国が軍事行動に踏みきるとの観測が語られている。これは、米国の外交、安全保障政策の決定過程をやや無視した論議である。
 日米防衛協議のため来日したウィリアム・コーエン米国防長官は13日、北朝鮮を先制攻撃するつもりはない意向を明らかにした。また、米国が1994年の米朝基本合意の枠組みを維持し、活用する立場を強調した。
 さらに、長官は核開発疑惑がもたれている北朝鮮の地下施設について「間違いなく核施設である」と明言した。長官は具体的な証拠と理由については「明らかにできない」と述べたうえで、「各種の情報を入手しており、間違いない」と言いきった。
 国防長官は「米国は北東アジアでの平和と安定を望んでいる」とも述べ、北朝鮮に地下施設の査察を受け入れるよう求めた。また「核とミサイル拡散を防ぐべきであり、北朝鮮もそのために貢献できる」と強調した。対話と交渉による問題解決への期待表明である。
 コーエン長官は、韓国の金大中(キムデジュン)大統領が推進する「包容政策」を、肯定的に評価し、支持する立場を明確にした。そのうえで、金大中大統領が提案した南北対話に先行した米朝の関係改善と「米朝包括交渉」についても「十分話し合いたい」とし、前向きの対応を示唆した。
 この発言は、米政府内での政策対立が整理されつつある事実を物語っている。米政府内では、国防総省と中央情報局(CIA)が、国務省の政策に批判的であった。国務省は、際限なく北朝鮮に譲歩し過ぎるとの不満が語られた。
 特に、米議会には国務省の対話路線を「融和政策」と非難する空気が強かった。この結果、最近のワシントンには議会を中心に北朝鮮攻撃も考えるべきだとの空気が強まっているという。
 米軍による攻撃の可能性を強調する主張は、こうしたワシントンの空気か一部の発言を過大評価し過ぎたものである。現実には、国連決議や韓国、中国、日本の了解なしに米国が軍事攻撃を決断することはできないのである。
 だからといって、北朝鮮は米国を甘くみてはならない。米国の政策決定には、議会と世論が大きな影響力を持っている。うそを激しく嫌うという米世論の性格を十分に理解し対応すべきだ。
 北朝鮮は、地下施設の査察に3億ドルの支払いを求め「1回だけ」との条件を付けた。コーエン長官は、人道援助は可能であるとしながらも、条件には一切応じられないとの立場を改めて明らかにした。
 繰り返し対価を求める北朝鮮の交渉方法は、米国の世論を悪化させている。米国は、軍事行動に踏み切ると決めたら実行する国家である。その怖さを軽くみてはならない。大国を振りまわし対価を得るのは、感情を満足させるだろうが、失うものも少なくない。
 米国には、最近の北朝鮮は何を目指しているのか明確ではないとのいらだちがある。北朝鮮が求めるのは単なる体制の維持なのか、米朝正常化なのか、食糧支援なのか。何を希望し、何ができるのかを、北朝鮮ははっきり伝えるべきである。
 
 
 
 
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