毎日新聞朝刊 1998年9月4日
テポドン衝撃波 北朝鮮ミサイル/中 「脅威に対抗」高まる論議
「一種の周辺事態が発生した。ガイドライン法案を今国会で成立させることが政権与党の使命だ」
自民党国防族の実力者である山崎拓・前政調会長は2日、自らが率いる政策集団「近未来研究会」の会合で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のミサイル発射について、こう語った。
「周辺事態」とは、日米防衛新指針(ガイドライン)に含まれる概念で、「日本周辺地域で日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」と定義される。その関連法案は、前国会に提出されたが棚上げされた。金融問題に終始する今国会でも審議そのものが困難と見られていたが、ミサイル飛来で安全保障問題が大きくクローズアップされたのを利用して、関連法案審議を促すのが山崎氏の狙いだったとみられる。
しかし、ミサイルの「日本列島上空通過」が確認されたのを受けて、政府部内には「周辺どころか、むしろ直接攻撃を受ける日本防衛の問題」(防衛庁幹部)との見方が浮上した。3日午前の参院本会議で小渕恵三首相は「わが国の安全保障に直接かかわる憂慮すべき事態だ」と答弁し、「日本有事」になりかねなかったとの認識を示唆した。
新指針が想定している「周辺事態」について政府は「地理的な概念ではない」と強調するものの、事実上、朝鮮半島有事や台湾海峡有事を想定している。今回の事態は、防衛庁幹部が「まさか太平洋に撃ち込むことはないと思っていた」と認めるように、日本は戦後初めて、直接的な脅威にさらされたともいえる。
弾道ミサイルの脅威は、核拡散とともに東西冷戦崩壊後の国際社会が直面している最もやっかいな問題である。
冷戦崩壊後の日本の防衛政策の柱となった新防衛大綱(1995年11月閣議決定)や日米防衛新指針(97年9月決定)の策定は、93年5月に北朝鮮が初めて日本海で行った弾道ミサイル「ノドン1号」の発射実験の衝撃がきっかけだった。
クリントン米政権は同月、射程が3000キロ以内の弾道ミサイルの拡散による地域紛争への対応を重視し、米軍基地と同盟国を守る戦域ミサイル防衛(TMD)構想を最優先で進める方針を決定した。これを受け同年9月には、日米の防衛当局がともに検討作業を開始することで合意。防衛庁は「参加を前提としない」としながらも、95年度から今年度まで計約5億5000万円をかけて調査を実施し、来年度からは本格的な日米共同研究に入る方針を決めている。
TMD構想の中心は、弾道ミサイルを発射直後に偵察衛星が噴射の赤外線を探知し、地上配備や海上のイージス艦からのミサイルで上空で迎撃するシステム。秒速3キロ、最高度300キロの大気圏外を飛ぶといわれる弾道ミサイルを撃ち落とすためには、戦域高高度ミサイル(THAAD)など高度の技術が必要で、THAADの発射実験は米国でも5回連続失敗。「米国のTMD構想の参加に積極的なのは今のところイスラエルだけ」(在京軍事筋)という状況だ。
にもかかわらず、今回のミサイルの衝撃によって、政府・自民党ばかりでなく野党からもTMD研究の促進や、日本独自の偵察衛星保有を求める声が急激に強まっている。
テポドンショックに直接対抗する手段を持たない日本の現状へのいらだちから、偵察衛星やTMD研究を対抗カードとして持ち出したい――。条件反射のようなわかりやすい議論が説得力を持ち始めている。【本谷夏樹】
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