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毎日新聞朝刊 1998年7月9日
社説 北朝鮮 国際変化に正確な理解を
 
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金日成(キムイルソン)主席が死去してから、8日で4年が過ぎた。北朝鮮は、新しい体制発足への準備を急いでいる。
 今月26日には、最高人民会議の選挙が行われる。選挙から1カ月以内に最高人民会議が招集され、党や政府幹部の人事が発表される見通しだ。すでに、各機関の中堅幹部の人事が発令され、平壌市内は引っ越しでにぎわっているという。
 最高人民会議が開催されると、金正日(キムジョンイル)総書記の国家主席選出が行われると観測されている。これに対しては、憲法を改正し国家主席の地位を廃止するのではないかとの分析も、韓国では出ている。
 ともかく、これまで国家元首が選出されず首相が事実上の空席で、人民武力相が任命されないまま、国家が運営されてきた。国際社会の基準では、異常な状態に見える。
 金日成主席死後4年間、新たな指導体制や政府人事に、なぜ手がつけられなかったのか。儒教の親を敬うしきたりから伝統的な3年の喪に服していたのは間違いないようだ。
 また、金総書記は、党や政府機関の幹部の間にごますりや、虚偽報告、汚職、権威をかさにきた行為などがはびこっていると指摘していた。こうした幹部の調査と排除の準備に、かなりの時間がかかっていたという。それでも、4年間に国家の指導者が外国の指導者とほとんど会わないというのは、現代社会では考えられない事態である。
 朝鮮半島の政治文化には、海外の事情はもちろん国内の情報が正確に権力者に伝わりにくい傾向がある。
 韓国でも、大統領として官邸に入ると、情報が遮断され国民の声が届かなくなりがちだ。伝統的な権威主義政治に加え、官僚や高官が都合の悪いことは隠すか、曲げて伝えるためである。北朝鮮でも、同じようなことが起きているという。
 このため、橋本龍太郎首相や日本の外交関係者は、日朝国交正常化交渉再開についての日本の意向が北朝鮮の最高指導者にきちんと伝わっているかに関心を寄せてきた。だが、日本の意向は、必ずしも正確に伝えられていなかったようだ。
 北朝鮮の新しい指導体制には、国際社会の変化を正確に理解してほしい。冷戦時代はすでに終了したのである。歴史は、和解と軍備管理・軍縮、市場経済と人権、民主主義の尊重に向かっている。テロや拉致(らち)といった行為は、国際社会の糾弾を受けるだけである。
 指導者が国際社会の変化を理解するためには、首脳同士の交流が不可欠である。中国政府高官によると、故金日成主席は公式、非公式に必ず毎年中国を訪問し、中国首脳との接触を絶やさなかったという。
 現代の国際政治は、首脳外交の時代を迎えている。首脳同士が直接会談し、個人的な信頼を深め、懸案を解決していくやり方である。
 中国の江沢民主席は、これまで何度も北朝鮮の最高指導者に書簡を送り首脳会談を要請している。まず、自身が北朝鮮を訪問してもいいとの意向も伝えたという。また、カーター元米大統領も平壌訪問を希望している。
 北朝鮮に関心を寄せる国際的な指導者との会談を早期に実現し、忠告を聞き自らの考えを伝えることが、国際社会に仲間入りする近道だ。
 
 
 
 
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