毎日新聞朝刊 1997年10月9日
社説 北朝鮮 新総書記への期待と現実
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日(キムジョンイル)書記が8日、朝鮮労働党の中央委と軍事委で総書記に推挙された。事実上の総書記就任である。北朝鮮は、金日成主席(党総書記)の死後、3年3カ月ぶりに名実共に金正日時代を迎える。
金正日書記は、金日成主席の死後、国家主席と党総書記の職に直ちに就かずに、父親の「喪」に服してきた。この間、朝鮮人民軍の最高司令官と国防委員会委員長として、実権を握ってきた。「三年の喪」が今年7月に明けたことから、国家主席と党総書記就任の時期が注目されていた。
この間、後継就任がなかったことについて、権力闘争説や健康悪化説がとりざたされたりした。しかし、北朝鮮から韓国に亡命した黄長ヨウ元書記は「金正日書記は健康であり、権力闘争はない」と証言していた。
韓国の北朝鮮専門家の間では、最近「金正日書記の統率力は優れており、当面崩壊することはない」との見方が広まっている。この背景にあるのは、黄元書記がもたらした情報と彼の判断だという。
彼は、金正日書記は労働党と人民軍を完全に掌握しており、金正日書記が生きている限り、体制が揺らぐ可能性は少ないとの見方を示したという。ただ、改革・開放政策は決して取らないとみられることから、国力はやがて疲弊し、いずれ崩壊に至ると分析したという。
北朝鮮の若い指導者に、国際社会が期待しているのは改革・開放政策である。北朝鮮が生き残ろうとするのなら、改革・開放政策しか道はないというのが、中国を含む国際社会の一致した見方である。
しかし、改革・開放路線を急激に進めれば、金正日体制は崩壊するかもしれない。この現実を、金正日書記は十分に理解し、改革・開放路線の危険を指摘してきたといわれる。
それでは、北朝鮮は改革・開放路線を一切取らないのだろうか。どうもそうではないようである。最近の農業政策には、いわゆる「主体農法」を運用面で変更し、事実上の改革策に踏み出している兆しがある。
北朝鮮の新しい指導者は「主体思想」の旗は高く掲げながらも、経済面での運用を変える政策を取ろうとしているようにも見える。漸進的な改革政策に、事実上踏み出すと期待されている。
運用の変化と共に注目されるのは、外交政策の行方である。金正日書記は今年8月に明らかにした論文で、米国との国交正常化に言及した。
「米国を百年の敵と考えず、朝米関係が正常化されることを望んでいる」と明言したのだった。米朝正常化への期待をこれほど率直に語ったことはなかった。
こうしてみると、北朝鮮は日米との国交正常化を目指す外交を展開しながら、「改革のスローガンなき改革」に向かうと期待される。だが、その行方は決して平たんではない。
若い指導者の登場と共に、政治局員や書記などの指導層の若返りも図られるはずである。若い世代の知恵と活力を生かし、朝鮮半島の平和とアジアの安定に寄与してほしい。軍事的対決や緊張を高める政策を取るべきではない。
周辺諸国もまた、北朝鮮の崩壊にいたずらに言及するのでなく、エンゲージメント(仲間に入れる)政策を推進すべきである。
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