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毎日新聞朝刊 1997年10月20日
社説 日朝関係 対日外交は変化したのか
 
 日本の国連を通じた食糧支援に、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、これまでになく前向きの対日姿勢を示した。朝鮮中央放送が、日本政府の決定から2日後の11日に、日本の食糧支援を報じたのだった。
 また、外務省によると北京の北朝鮮大使館の外交官が日本大使館に口頭で感謝の意向を公式に伝えてきたという。こうした態度は、かつては見られないものであった。これまでにない配慮を感じさせる対応だ。
 北朝鮮の朝鮮中央放送は、国内向けの放送である。一方、平壌放送は海外向けの朝鮮語放送である。北朝鮮の家庭にあるラジオでは、平壌放送は聴取できない。
 ということは、北朝鮮の一般国民が日本からの食糧支援を知ったことになる。この報道は、ラジオのみならず国内のテレビ放送でもニュース時間に流された。これまで、北朝鮮がこれほど速やかに国民に日本からの食糧支援を明らかにしたことはなかった。
 2年前の北朝鮮への食糧支援では、日本への感謝も国内での報道もなかった。それどころか、「謝罪としてもらった」などの北朝鮮高官の発言が報じられたりした。また、日本からのコメ支援を個人の成果として強調しようとする功名争いも、北朝鮮内部では展開された。
 過去の態度に比べると、今回は極めて正常な対応といっていいだろう。もちろん、報道の内容すべてが評価されているわけではない。日本からさらに大きなコメ支援を引き出すための戦略であるとの指摘もある。
 こうした指摘は、必ずしも間違いではないだろう。それでも、日本と付き合うには正規の対応と礼儀を欠かせないことを理解し始めたとすれば、ひとつの変化と受け止めてもいいのではないだろうか。
 これまで北朝鮮は、日本の政治家を使い「裏口」から食糧支援を約束させる手法を頻繁に使ってきた。これでは、正常な日朝関係の進展は難しい。しかも、関係者が個人の成果として利用することになりかねない。
 コメなどの食糧は、国民の財産である。それを、政治家の取引の材料にされてはたまらない。両国の関係者のこうした行動が、国民の疑惑と批判を浴び日朝関係の進展を阻害してきたことを、北朝鮮は十分に理解すべきである。
 北朝鮮が日本への感謝を伝えた背景には、朝鮮問題4者会談と米朝交渉の行き詰まりがある。北朝鮮の外交はこれまで、複数の大国と同時に友好な関係や、並行して交渉を進展させる手法を確立できていない。
 この北朝鮮外交の特徴からすれば、今回の日本への対応の変化は米朝、南北関係が暗礁に乗り上げたための方向転換といえないこともない。これは、日本が有利な外交駆け引きを展開するために、計算に入れておくべき問題であろう。
 外交は、国益を達成するための手段である。朝鮮半島外交は、北東アジアの平和と安全を目指している。国民が関心を寄せる拉致(らち)疑惑の解明も重要な課題である。
 北朝鮮の姿勢変化は、国内の論議や対立を整理したうえでのものであるという。それならば、外交ルートでの正常な関係と対話を進めようとする意図は評価してもいいだろう。政府は、シグナルを間違えずに受け止め、対話の進展と懸案解決に取り組むべきである。
 
 
 
 
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