毎日新聞朝刊 1997年8月20日
支援は本当に必要なのか 北朝鮮食糧事情の実態−−指導部や軍へ横流し疑惑も
今夏、北朝鮮を襲った干ばつに対する実態調査をきっかけに国際社会において新たな食糧支援が必要、との声が高まっているが、その一方で「軍用食糧への転用疑惑の解決を」と北朝鮮に食糧の国内配布の透明度を求める声も強い。食糧事情の実態は、一体どうなっているのか――北朝鮮の報道や関係者の証言などから検証してみた。【ソウル・大澤文護】
北朝鮮が干ばつ発生を初めて公表したのは7月16日の国営・朝鮮中央放送と、対外向けの平壌放送の「トウモロコシをはじめとする農作物が1カ月近く続く干ばつと蒸し暑さから被害を受けないよう闘争が続いている」との報道だった。
北朝鮮当局は7月下旬、「被害面積は数十万ヘクタールに達した」と公表。さらに8月1日の朝鮮中央通信は、被害が全国の47万ヘクタールの田畑に広がり、穀倉地帯の西部の「平安南・北道」「黄海南・北道」で秋の収穫が困難となったことを伝えた。
2年連続の豪雨被害による食糧危機に対し援助を進める世界食糧計画(WFP)などの国際機関は、8月初旬の現地調査をもとに「干ばつによる新たな食糧被害は70万トン以上にのぼる」との推計を発表した。
しかし、こうした北朝鮮側の報道、説明に対し、疑惑の目も向けられている。
北朝鮮に対する国際社会の食糧支援をリードしていた米国の議会関係者や有力政治家が、食糧難の実態調査などのため最近、相次いで訪朝。その中で、注目を集めたのは、今月9日から11日まで平壌を訪問した米下院情報特別委員会の代表団の発言だった。
平壌からの帰途、ソウルで行った記者会見で「支援食糧の一部が、軍やエリート層に渡っているようだ」との発言が飛び出した。
会見後、確認のため代表団を取り囲んだ記者らに、代表団の一人は「食糧配給先の一部しか明らかになっておらず、軍部や指導層への横流しの可能性があると分析しただけ」と語ったが、米議会が北朝鮮の食糧事情の実態に強い不信感を持っていることを示した。
世界食糧計画をはじめ平壌に駐在員を置く国際機関は、こうした指摘に「支援食糧が軍などに横流しされる事態は絶対にない」として、早急な追加支援の実施を国際社会に呼びかけた。
一方、韓国政府は、12日に開催された統一関係閣僚会議で国際機関を通じた対北朝鮮食糧支援を継続する方針を確認したものの、14日には「韓国や国際社会が寄せた人道的支援の精神を傷つける行為のないよう要求する」と、配給過程の透明性の保証を北朝鮮に求める論評を発表した。
さらに一部の朝鮮半島専門家は「北朝鮮の食糧危機は最悪の事態を乗り越えている。今後、北朝鮮が要求してくるのは、国際機関や関係国が提供予定のトウモロコシや小麦ではなく、金正日(キムジョンイル)新体制発足時に国民に配る祝賀用のコメだ」との見方を強めている。
写真説明 干ばつに備え水をまく平壌市楽浪区域の農場員=今年7月、朝鮮通信
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