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毎日新聞朝刊 1997年4月21日
社説 朝鮮問題 勇気を出し対話を進めよ
 
 韓国への亡命を求めた黄長ヨウ(ファンジャンヨプ)元書記は20日、ようやくソウル入りした。2カ月余りの時間の長さと外交駆け引きは、文字どおり南北朝鮮をめぐる国際政治の複雑さを物語っている。それだけに、当事者には朝鮮半島の緊張を高めない、冷静で知恵ある対応を改めて望みたい。
 黄元書記は、空港での到着声明で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を「封建独裁」「封建軍国主義」と規定した。また戦争の危険を強く警告した。こうした発言に、北朝鮮は強く反発するかもしれない。
 しかし、黄元書記の到着声明と記者会見の短いやりとりは、多分に韓国民と当局を意識したものである。韓国政府は、亡命申請を受け入れた時よりも、彼をかなり冷めた目でみるようになっているからだ。
 韓国政府は、黄元書記が「主体思想は正しいが、北は運用を間違えた」「故金日成主席は偉大であった」などの考えをまだ抱いているのではないか、と懸念しているという。もしそうだと、大変困ったことになる。そうした疑念が晴れるまで、黄元書記の本格的な記者会見を許すわけにはいかなくなるからだ。ともかく、この亡命事件をこれ以上南北の対立の火種にすべきではないだろう。南北の直接対話を通じた平和と、統一こそが本来の目的であるからだ。
 この意味では、朝鮮赤十字会が19日に南北赤十字会談を受諾したことを、歓迎したい。北朝鮮の赤十字会は、国際的な食糧支援では、極めて高い評価を受けている。
 朝鮮赤十字会は、食糧を支給された北朝鮮住民から個人別に受領のサインをもらい、その書類を国際赤十字に送っている。こうしたやり方には、「主体性に反する」との反発もあったが、朝鮮赤十字会は「国際社会では通用しない」と主張して、説得したという。
 その朝鮮赤十字会との、およそ5年ぶりの南北赤十字会談を、ともかくも成功させるべきだ。大韓赤十字社は、無理な条件を付けずに、韓国の支援食糧が北の同胞に確実に届けられ、朝鮮赤十字会の発言力が高まるように対応すべきである。韓国内の強硬意見や政治的思惑に惑わされず、赤十字精神を発揮すべきであろう。
 朝鮮問題でもうひとつ気になるのは、ニューヨークでの米韓朝の3者会談の停滞である。2度にわたり、2回目の会談が延期された。
 これまでの報道によると、北朝鮮はすでに米中韓朝の4者会談受け入れの原則を明らかにし、その時期が最後の問題として残っているという。北朝鮮代表団は、平壌からの訓令が来ていないことを理由に、会談を21日に延期した。
 この背景には、平壌の最後の方針がなお決まらない事情があるようだ。北朝鮮内には「4者会談に応じた場合に、食糧支援の確実な保証はどうなるのか」との批判的な主張が、なお根強いという。とくに、日本が食糧支援に消極的なことを、憂慮しているようだ。
 しかし、対話の場に座らない限り、どんな問題も解決しない。すでに、米国内にも北朝鮮の対応にいら立つ空気も出始めている。日本では、日本人拉致(らち)疑惑への関心が高まっている。北朝鮮は、国内での足並みの乱れを早く調整し、対話の継続と対話による問題解決に、積極的に歩み出すべきである。
 
 
 
 
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