毎日新聞朝刊 1991年2月2日
社説 日朝交渉の前途は険しい
三十、三十一の両日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の首都、平壌で、日朝国交正常化交渉の第一回会談が行われた。日本にとって、歴史が残した負の遺産を清算する最後の機会である。
同半島の南半分、韓国と正常な友好関係を結んでいる現在、日本は北朝鮮との交渉を誠実に進める義務を負っているであろう。
だが交渉は厳しい雰囲気で始まった。交渉の焦点は、日本側の過去に対する償いと、北朝鮮側の核査察受け入れ問題に集約される。
償いの問題について北朝鮮は、公式な謝罪の文書化と、それを裏付ける物質的補償を求めている。考え方の背後にあるのは、戦勝国の敗戦国に対する賠償要求である。
金日成(キムイルソン)将軍の指導下で抗日戦線を組織して、朝鮮は日本と交戦し勝利したのだという。国際法の常識とかけ離れた主張であり、日本側が受け入れることはあり得ないが、ここで金日成主席の名を持ち出した以上、北朝鮮はもはや引っ込みがつくまい。交渉の前途の険しさを暗示するスタートである。
朝鮮戦争で、日本が米軍に補給と攻撃の基地を提供したのが、賠償請求の根拠になるというのも、理解し難い論理である。しかもその後の敵視政策で北朝鮮に損害を与え、その補償をしていないため膨大な利息がたまっているのだとか。
日本側から見ると、ずいぶん無理を言っている印象が強いが、北朝鮮は国交正常化そのものには極めて積極的だという。
これまで日本が一貫して北朝鮮敵視政策を取ってきたのは事実だ。過去の植民地政策を謝罪することもなく、その言い分に耳を傾けようともしなかったのは紛れもない。
謝罪だけでなく、物質的な償いがあってこそ過去を清算できるというのもその通りだ。北朝鮮には、日本に対する積もり積もった恨みの数々がある。本交渉が始まったいま、日本は相手方からぶつけられる積年の恨みを、誠意をもって聞かねばなるまい。交渉が内容を伴ったものになるのは、それからだ。
核査察について言えば、日本にとって北朝鮮の核疑惑は見過ごすことのできない重大案件である。米国や韓国の強い要請もあり、日本独自の判断では譲歩できない問題だ。
それに日朝交渉は、両国関係を語るだけでなく、アジアの平和と安定に、さらに朝鮮半島の統一に貢献できる内容を持たねばならない。だが北朝鮮の核開発疑惑は、アジアの安定を著しく阻害する。
交渉の滑り出しから見て、国交樹立には時間が必要なようである。だが両国の関係は、国家関係の正常化だけでなく、国民レベルでも活発に交流できるような雰囲気になってほしいものだと思う。
北朝鮮に住んでいて、ほとんど音さたのない日本人妻の里帰りは、ぜひ実現させてほしいし、祖国建設に参加すべく帰国した元在日朝鮮人にも、親族を訪ねて日本を再訪するチャンスを与えたいものである。
行方不明のまま、現在北朝鮮にいるのではないかと疑われる日本人の問題もある。一時、日本海海岸一帯や九州で青年男女が数人、北朝鮮にら致されたと騒がれた。最近では、欧州に留学中行方不明になった何人かの日本人のうち、三人が平壌に住んでいるとの、手紙が舞い込んだ事件がある。
この種の不可解な事件は、日朝交渉でも話し合ってほしい。北朝鮮はしばしば「なぞの国」といわれるが、いつまでもなぞめいていては、日朝関係は前進しないだろうし、国際社会からも受け入れられまい。
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