4 子育てへの支援
1)子育て支援策の動向
今日の大きな問題である少子高齢社会に対応するために、平成6年に厚生省・文部省・労働省・建設省は「エンゼルプラン」(「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」の4大臣合意)を策定しました。これは、平成7年度からおおむね10年間で、社会全体での子育て支援策を総合的・計画的に推進しようとするものでした。中でも、とくに緊急に実施する必要がある保育対策等の事業は、「緊急保育対策等5カ年事業」(「当面の緊急保育対策等を推進するための基本的考え方」大蔵・厚生・自治3大臣合意、平成6年)として、平成7年度から重点的に整備をすすめてきました。
エンゼルプランの基本的視点は、[1]子どもをもちたい人が、安心して出産や育児ができるような環境を整備する、[2]家庭における子育てを支援するため、あらゆる社会の構成メンバーが協力していくシステムを構築する、[3]子育て支援の施策の中では、子どもの利益が最大限尊重されるようにする、と述べられています。子育て支援のための施策の基本的方向としては、「子育てと仕事の両立支援の推進」が中核であり、そのためには、育児休業制度の充実や労働時間の短縮の推進等、雇用環境を整備すること、および低年齢児保育の拡充など保育サービスの整備を図るとともに、保育所制度の改善、見直しを含めた保育システムの多様化、弾力化が指摘されました。
エンゼルプランは平成11年度に見直しが行われ、平成12年度からは新エンゼルプランとしてすすんでいますが、基本的な方向性はこれまでのものを引きついでいます。
さて、本報告で取り上げる延長保育および一時的保育もこれらの施策の中で推進が図られているものです。これらの施策、事業はまさに就労している母親たちのニーズに応じたものといえるでしょう。しかし、延長保育、一時的保育の子どもへの影響はどうでしょうか。これらの問題についての研究はあまりありませんが、そのいくつかを紹介しましょう。
2)延長保育
延長保育(あるいは長時間保育)に関しては、日本総合愛育研究所(現日本子ども家庭総合研究所)の調査(1975)と厚生科学研究の一研究(1985)が行われたが、現在とは社会状況がかなりちがうと思われるので、ここでは触れないことにします。
神奈川県にある白峰学園保育センターでは平成9年(1997年)に神奈川県内の全認可保育所を対象に、「長時間保育」に関する質問紙調査を行いました。回答は、保護者、園長、保育者から得ました(1998;1999ab)。
長時間保育についてはさまざまな意見がみられるが、その多くはこれを必要とする社会情勢は理解できるとするものの、子どもの心身への負担を懸念していることがうかがえます。とくに乳児に関しては、夕方になると疲れがみられ、機嫌が悪くなったり、担当者の交代に不安を示すなど、心身の負担が大きいなどの理由から、親の労働条件の改善が望まれるという指摘もありました。
延長時間中は、人数が減り、異年齢の子ども同士の関わりもみられるようですが、子どもがリラックスして、家庭的な雰囲気の中で過ごせるように工夫しているという園が多く見られました。
長時間保育のメリットとしては、親の立場からは、子どもの送り迎えにゆとりがうまれ、精神的負担が減ること、残業が可能になるなど、男性同様の仕事の達成や実現が可能となるなど、女性の育児支援となることで母親の精神衛生にプラスとなり、このことが子育てにもプラスにはたらくと考えられるとしています。子どもの立場を考えると、積極的なメリットは考えられないということです。デメリットとしては、親の立場に関しては、労働時間の延長や長時間化への危倶、親の育児委託化の促進などが指摘されています。子どもの立場に関しては、生活リズムの夜型化、不規則化、心身の疲労、親子関係の希薄化などが懸念されています。そして、デメリットヘの対策として、第一に、保育園の人的・物的環境の整備、保育内容の工夫(ゆったりし、リラックスできる遊び、絵本の読み聞かせ、スキンシップなど)、安全・保健管理、第二に、母親が家庭で子育てしやすいような就労条件の整備、第三に、親の子育てに対する意識を育てることが提案されています。
とくに延長保育については、保育時間が長時間になることが子どもの身体的負担、心理的負担にならないか、検討すべきでしょう。また、何よりも子どもの負担にならないような保育が望まれます。
平成10年度厚生科学研究としては、「長時間保育における乳幼児の心身に及ぼす影響及び保育所処遇のあり方に関する研究」を行いました(1999)。調査対象は、全国の延長保育実施園(4,679園)でした。延長保育中(6時30分頃)の子どものようすを年齢ごとにみると、0歳児は「保母のヒザを独占しようとする」「泣いたりむずがる」「眠そうにする」「やたらに甘える」が多く、1歳児では「保母のヒザを独占しようとする」「やたらに甘える」「落ち着かないようすをしばしばみせる」「泣いたりむずがる」が、2歳児は「保母のヒザを独占しようとする」「やたらに甘える」「思いのままに動き回る」「落ち着かないようすをしばしばみせる」が、3歳児では「落ち着かないようすをしばしばみせる」「やたらに甘える」「思いのままに動き回る」「好きな遊びに熱中する」が、4歳児では「異年齢の子どもの世話をしたり、かわいがる」「好きな遊びに熱中する」「おしゃべりになる」「思いのままに動き回る」が、5歳児では「異年齢の子どもの世話をしたり、かわいがる」「好きな遊びに熱中する」「おしゃべりになる」「落ち着かないようすをしばしばみせる」が多くみられるということです。また、保育時間が長時間になることについての自由記述の内容は、前述の白峰学園保育センターの調査結果とよく似ているように思われます。
これらの調査結果は、延長保育においては、子どもが安心し、ゆったりとリラックスできるような工夫が望まれるとともに、とくに低年齢児には十分な配慮が必要であることを示しているといえるでしょう。また、そのような工夫、配慮を実現するための人的環境の整備等も望まれます。
3)一時保育
一時保育に関する大規模な調査研究は見いだすことができませんでした。そういう意味で、本報告書の実践報告は貴重な資料となると思います。一時保育の利用は「緊急」「非定型」とともに、「リフレッシュ」が多いようです。子育て支援の重要な方策といえますが、延長保育の場合と同様に、あずかる子どもに対しては、安全である、安心できると感じられるようにすることが基本といえるでしょう。
【引用文献】
ボウルビィ(黒田実郎:訳):乳幼児の精神衛生.岩崎学術出版社,1967(原書は1951年)
ボウルビィ(作田 勉:監訳):ボウルビィ母子関係入門.星和書店,1981(原書は1979年)
ボウルビィ(二木 武:監訳):母と子のアタッチメント.医歯薬出版,1993(原書は1988年)
望月武子ほか:保育所における長時間保育実施上の諸条件に関する研究.日本総合愛育研究所紀要,11:121-179,1975
高橋種昭ほか:延長保育が児童の生活・発達に及ぼす保育効果に関する研究.昭和59年度厚生科学研究報告,日本児童福祉協会,1985
民秋 言ほか:長時間保育における乳幼児の心身に及ぼす影響及び保育所処遇のあり方に関する研究.平成10年度厚生科学研究研究報告書,1999
冨田英雄ほか:長時間保育についての調査,PART1 保護者編,PART2 園長編,PART3 保育者編.白峰学園保育センター,1998,1999a,1999b