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2 乳幼児の親子関係とアタッチメント
 
1)アタッチメントとは
 人との関係は、心の発達と健康の基礎をなすものです。乳幼児においてはとくに母親(あるいは母親に代わって保育する人)との関係が重要といえます。
 イギリスの精神分析学者ジョン・ボウルビィはかつて「精神衛生の本質は、乳幼児が母親(あるいは生涯母親の役割を果たす人物)と親密で継続的な人間関係をもち、これによって両者が満足と喜びを経験すること」(1951年)であると述べ、母子関係の重要さを強調しました。
 現在、母親と子どもとの関係はアタッチメントという概念で考えられることが多いのですが、これはボウルビィが提案したものです。
 アタッチメント(「愛着」とも訳される)とは、ある人物が他の特定の人物(通常は親)との間に形成する愛情のきずなをいいます。
 ボウルビィのアタッチメント理論は、乳児がどのようにして母親との間にアタッチメントを形成していくか、アタッチメントの機能(働き)はどのようなことか、さらにはアタッチメントに関係した諸現象(例えば、分離不安やアタッチメント対象の喪失)を論じたものです。
 アタッチメントというと乳幼児期だけのことと考えられやすいのですが、決してそうではありません。ボウルビィは「アタッチメント行動は、明らかに、子どもだけに限られたことではない。ふつうはそれほど強くはないが、思春期や成人にも、不安があるときやストレスのもとではこのような行動が認めれる。だから、出産をひかえている女性や幼い子どもを育てている母親が、だれかに面倒を見てもらったり、援助してほしいと願うことは驚くことではない」(1993年)と、あるいは「人間は、どの年齢層においても、何か困難が生じた際に援助してくれると信頼のおける人が自らの背後に一人以上いると確信があるときに、もっとも幸福であり、かつ能力を最大限に発揮できる」(1981年)と述べています。
 
2)アタッチメントの機能と発達
 アタッチメントの機能は、子どもに安全感を与えることだといえます。つまり、「お母さんといればぼくは大丈夫」という気持ちにさせることです。母親は子どもの「安全の基地」となるのです。子どもにとって、最初の他者である母親への信頼感をもつことは、心の健康をおびやかす不安や恐れを解消する手段をもつことであり、知的な発達に不可欠である外界への探索行動を可能にし、自分への信頼(自信)をもち、自立への道をすすむことを意味し、さらには他者との信頼関係を築く基礎ともなります。
 アタッチメントの発達に関して、ボウルビィの理論の特徴は母子の相互性を重視していることです。母子関係というと、母親の養育態度が子どもに影響するというような、母親から子どもへという一方的な関係ととらえやすいのですが、ボウルビィは母親と子どもが互いに影響を与える相互的な関係としてとらえました。しかも、乳児に生得的に備わった泣く、微笑むなどの行動にタイミングよく応答することで、子どもの母親への絆が形成されると考えたのです。たしかに、私たちが乳児に関わろうとするのは、例えば乳児が泣いたから抱き上げるとか、乳児が微笑んだから思わず乳児に微笑み返したというように、乳児から引き出される場合が少なくありません。
 アタッチメントとは特定の人との間に結ばれる愛情と信頼の関係といえます。生まれたばかりの赤ちゃんにはアタッチメントは成立していません。3か月ころの赤ちゃんはだれにでも笑いかけますが、これはまだ「特定の」人との関係が成立していないことを示しています。生後半年をすぎると、ふだん世話をしてくれる人に特別によく笑ったり、あるいはその人に抱かれるとぴたっと泣き止んだりします。「特定の」人が意識されはじめたのです。乳児期の後半にみられる人見知りや後追いはアタッチメントが成立したことを示すサインです。
 アタッチメントが成立すると、しばらくの間(2歳半ころまで)、アタッチメントの対象(ふつうは母親です)と離れそうになると激しく抵抗します。これを分離不安といいます。この時期に入園すると、慣れるまでちょっとたいへんです。
 子どもは、この後、母親との関わりをとおして、母親のイメージをしっかりと心にもつことができるようになり、そうすると、目の前に母親が見えなくても、大丈夫になります。
 
3)アタッチメントと自立
 それでは、個人として自立することとアタッチメントの形成とはどのような関係にあるのでしょうか。
 アタッチメントと自立とは対立したものと考えられやすいのです。しかし、自立は孤立とは異なります。自立とは、日々生活する中で出会うあらゆる困難を、他者に頼らず、すべて自分の力で解決しようとすることではなく、いわば、「自分でできることは自分でして、自分にできないことはうまく人に頼ること」と考えられます。他者を頼ることができるためには、他者への信頼関係が育っていることが必要です。つまり、アタッチメントが発達することこそ、自立の前提といえます。そういう意味で、子どもが助けを求めてきたときには、それに応じ、困ったときにはお母さんは助けてくれるという感じをもてるようにすることが大切です。
 
4)父親や保育者、他の子どもとの関係
 乳幼児にとって母親との関係が重要であることはいうまでもないことですが、子どもは母親と二人だけですごしているわけではありません。父親やきょうだい、近隣の人たちの社会的なネットワークの中で生活しています。保育園にかよっていれば、保育者や仲間の子どもたちとの関わりが重要な体験になります。
 父親は、子どもとの直接的なかかわりと母親をとおしての子どもへの間接的なかかわりにより、育児おける重要な役割をはたすことが期待されます。すなわち、直接的なかかわりとしては、例えば母親とはちがう関わり方をすることにより、子どもの体験の幅を広げます。また、父親は男性のモデルとなり、子どもの社会化を促進するのに役立ちます。間接的なかかわりとは、1つには母親を理解し、支えることをとおして母親の精神的な安定をはかり、子どもによい養育環境を与えることだといえるでしょう。もう1つには、ともすれば密着ともいえる強い一体感に結ばれやすい母と子の関係を客観的な立場から調整することを指摘することができます。
 子ども同士のかかわりは、歩行ができるようになる前も、機会さえ与えられれば、見つめたり、手をのばしてさわろうとしたりすることがみられます。歩行が成立したあとでは、他の児とかかわる機会も多くなり、それを好み、楽しむようになります。子ども同士のかかわりは、おとなとのかかわりとはちがい、遠慮のない、真剣なものです。どきにはぶつかることもありますが、その中で、おとなとでは経験できないさまざまな体験をするのです。きょうだいは、子どもにとって身近な他者であり、またいつもいっしょにいる仲間でもあります。互いに強い影響を与え得る存在といえます。








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